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□定食コック
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ソース色に染まった麺が、髭の揺れる口元に運ばれ勢いよく口内に吸い込まれていく。ワの国の箸を巧みに使い、こんもりと掬いとった一口分の白飯をそこに加える。ソースの塩気と米の甘味。繰り返し噛み締め味わうと、口直しの味噌汁をずずっと啜り、時にはカリカリと歯応えのいい沢庵や胡瓜の浅漬けで口の中をさっぱりさせる。そしてまた鉄板の上の麺に瞳を戻して、夢中で同じことを繰り返していく。

ここは、定食屋ではない。しかも、平らげているのは客ではない。ここは、海賊船サウザンド・サニー号のキッチン。そして平らげているのは、その料理を作った本人である、海の一流料理人だ。

「ふう、うまかった」

麦わらの一味の料理人サンジは箸を置いてほうと息をつき、口許のソースをナプキンでぐっと拭ってからゆっくりとあつあつのほうじ茶を味わった。ソース味が優しい味のお茶に流され、あとに残るのは満足感だけ。うんと伸びをして、舐めたように綺麗な鉄板や茶碗、汁椀を見やる。そんな彼。今日のような一人船番の時にはとある密かな楽しみがあった。

「今日の焼きそば定食も完璧だな」

ずらりと横に文字がならんだリストのような紙を取りだし、すっと先頭にチェックマークをつけた。その後ろには『焼きそば定食』とかかれていて、下には『しまホッケ定食』やら、既に印のついた『塩から揚げ定食』やらが並んでいる。そう、今彼がはまっていることとは、ワの国が発祥の食事、定食を作ることだった。

「にしてもほんとおもしれぇよな。定食」

一人ごちながらリストに目通しする。そもそも定食というもの自体、この偉大なる航路には珍しいものだ。何せこの世はたくさんの海賊が蔓延る大海賊時代。大抵の海賊のコックは大飯ぐらいの大人数を相手にしなければならない。だったら一人一人にご飯と漬け物と汁物とおかずを盛り付けなければならない定食よりは、みんなでいっぺんに食べられて量も調節可能な大皿料理の方が楽に決まっている。

料理人もその考えが嫌いなわけでは当然ない。全員が同じものを食べるのは貴重であり、それはそれで楽しくて大切なことだ。ならば、なぜそれに反する定食スタイルを試すのか。

「これは、マリモの夜食にもいける、と」

リストの下に鉛筆でそう付け加える彼は、ただ単に研究熱心なだけ。いろんな味付けを試してみたいだとか、いつでも腹を空かせている野郎共やレディたちの小腹を満たすために尽くしているだけなのだ。

「よぉし、皿洗うかな」

ことりと鉛筆を置くと、立ち上がり茶碗やお椀を重ねて、冷めた鉄板と共にシンクへと運んでいく。

「あ?」

だが途中で彼はぴたと立ち止まる。洗いものを手に持ったまま、訝しげな顔で首をかしげながら扉の方を見やった。

「腹へったァァァァ! サンジ! めーーーしーーー!」

「ハァーイーめーしー……」

「ルフィ? それにウソップもか」

キッチンに飛び込んできた大声に、ぎょっとした。入ってきたのはまるでミイラのような形相をした船長。その後ろをまるで背後霊の如くふらふらついてくる狙撃手。料理人はとりあえず皿を流しに置いて水につけると、よろよろと空腹によろめく彼らをテーブルに招く。よろり、と二度ほど椅子を逃しかけた後、彼らはゆっくりとテーブルについた。

「どうしたんだよ、おれは食ってくるって聞いてたぞ」

「その予定だったんだけどよぉ……」

「いいからはやくなんかくれ! 餓死しそうだ!」

狙撃手の説明を遮り、まるでこの世の終わりかように船長は喚く。狙撃手はなにか言いたそうに料理人を見たが、今度はぐーきゅるるーと泣きわめく腹に遮られた。料理人はため息混じりに頭をかく。

「とりあえず、一分待ってろ」


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