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□2018年料理人誕生日100のお題
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001 財布
「その財布、いいな!」
「ん?」
テーブルの上に財布の中身と冊子を拡げた料理人は狙撃手に声をかけられてゆっくりと顔をあげた。ここはサニー号のキッチン。珍しく眼鏡をかけた彼の手元では羽ペンとそろばんが忙しそうに動き、紙上では沢山の文字と数字が踊っている。
「その財布だよ。いっつも同じの使ってるよな」
「あぁ、いかすだろ?」
料理人はどこか嬉しそうにその言葉に反応し、財布を引き寄せた。黒皮の長財布と小銭入れ。この船のものにしてはよく膨らみ、寄せただけでじゃらりと重い音がした。しかも古そうなものなのに大切に使っているのかあまり傷が目立たずつやつやのままだ。
「買ったのか?」
「いや、ジジイから。入りたてのときに」
料理人はどこか懐かしそうに思い出にふける。聞きたそうにしている狙撃手に、お前ほど話はうまくねぇぞ、と前置きしてから。口を開き、煙草と共に昔話を紡ぎ始めた。
「今日はバラティエ初の給料日だ!」
弾むようにコックたちが言った。彼らは心から嬉しそうな顔をしていたが、サンジは俯いたままだ。
「どうした、うれしくねぇのか?」
心配そうにコックの一人が聞いた。するとサンジはゆっくりと顔をあげる。
「おれは給料ねぇんだ!店の借金いっぱいあるからそっちにまわすんだ!」
「オーナーがそう言ったのか?」
「そいつは気の毒ーー」
「勝手にほら吹くんじゃねぇ、チビナス!」
がんっと容赦なく落ちてきた蹴り。真ん丸金髪頭にぷくりとタンコブが膨れ上がる。サンジはちょっと涙目になって両手でそれを押さえた。
「いっでー、何するんだよクソジジイ」
「気味の悪い遠慮なんかすんじゃねぇ!」
ぽいっと手のひらに投げるように落ちてきたもの。取り上げて瞬きする。
「てめぇの働いた対価だ。きっちり受けとれチビナスが」
彼の手の中に落ちてきたのは長財布。黒くて、皮でできていて、中には一万ベリー札がいくらかと小銭がたくさん入っている。
「気に入らなかったら自分で買いかえろ。そんくらい金は入っているはずだ」
「……」
「どうした、これでも受け取らねぇのか……」
サンジはぎゅっと財布を握りしめて、むすりとしたゼフに顔を輝かせて笑った。
「って訳じゃ、無さそうだな」
「おう、ありがとうクソジジイ!」
はじめての給料の財布と賃金を握り、サンジはオーナーに頭を下げるのだった。
ーーー
「ってことがあって、使い続けてんだ」
「ほえー」
狙撃手は料理人の話に関心したような声をあげ、財布をそっと取り上げた。その様子を見た彼は、にっと笑う。
「実は初給料、使ってねぇんだ」
「へ?」
「ほら、財布の中に封筒で分けてあるだろ?」
狙撃手はゆっくりと封筒を取りだし、覗いてみる。そこにはくたびれたベリー札と小銭がいくらか入っていた。
「ほんとだ、おれ絶対つかっちまうよ」
「そうかよ」
狙撃手が財布にそれを戻すさまを見ながら、料理人はにやりと笑った。
「実は、初給料の使い道考えててな」
「お、おう」
「何かいいアイディアあったらくれよ。計算ばっかで飽きちまった」
料理人がそうにやと笑うと、狙撃手は顔を輝かせた。ペンと紙をとり、気合いが入ったようすでそれらを動かし始める。
「よし、それなら」
議論を始めた二人がどのような結論を出すのか、それはまた別のお話。
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