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□Birthday special cakes
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料理人は、誕生日のケーキにかなりこだわりがある。誕生日の三ヶ月前くらいに、ケーキは何がいいかとか、細かいディテールはどうするかとか、誕生日の仲間と詳しく打ち合わせをしたりする。なぜそんなにこだわりがあるのかと聞いてもはぐらかして恥ずかしがって教えてくれないから、きっとバラティエのクソジジイ絡みであることはわかっていた。

「というわけで、今年のルフィのケーキをそろそろ出すかな」

宴の肉祭りでお腹がくちくなった彼ら。いろいろなプレゼントに喜び騒いで、ケーキの余分をあけた辺りから、料理人はそう呻いてケーキの巨大な箱をカートにのせて持ってくる。ちなみに、蝋燭はもう箱の中ですべて刺さっている。今日は19本。最低17本から最大90本。全部刺しきれるくらいの巨大なケーキ。いつ食べたってどんなに大きくったって残ることはないし、どれも凝っていて、特別な思いも一緒にこもっているようで美味しいのだ。それを言っても、料理人は照れたように当たり前だと呻くだけなのだが。

「よし、ルフィ前にこい」

箱を開けるのは、バースデーの仲間だ。毎年一回のお楽しみ。きれいな大きいケーキを特等席で見られ蝋燭を吹き消せるのはもちろん、箱を開けるワクワクまでおまけについてくる。だが、船長はニィと笑って蓋に手を置いて立ち止まった。一味は、ん?と首をかしげる。

「サンジ!!」

「あ?」

「約束!賭けの!」

船長の突然の言葉に料理人の顔が驚きに歪む。煙草をぐねっとくねらせ、唇を尖らせて、まるで拗ねた子供のようになる。

「このタイミングか!?しかも覚えてやがったのかよ、こういうときだけ」

「失敬だなお前!!ちゃんと覚えてるぞ!」

「えっと、なんのはなしだ?」

狙撃手が瞬きしながら問う。どうやら他の一味は何も聞かされていないようだ。すると、船長はしししと笑って言った。

「おれとサンジが賭けして勝ったから、サンジのケーキの秘密教えてくれるんだ!」

「みんなの誕生日の度にな。おれは主役をとるみてぇで嫌だって言ったのに」

「おもしれぇからいいし、プレゼントにもなるだろ!!」

料理人は頭をかきながらキョトンとする一味に弁解するが、船長はむすっと口をへの字に曲げた。

「とりあえず、どんな賭けだったか説明して?聞きたいわ」

「はいー!!よろこんで!!」

考古学者がそう言ったから、料理人は目をハートにして、賭けの説明を始めたのだった。

ーーー

三ヶ月前、ケーキのディテールを決め終わったあと、船長は料理人に賭けを持ちかけた。ちょうどグランテゾーロの辺りを航行中だったため、一味は賭けブームの真っ最中だったのだ。一回コインを投げて表か裏を当てるだけの賭け。するすると料理人は裏、船長は表を選択したところまではよかったが。

「何賭けるんだよ、小遣いか?」

「いや!」

船長はニィっと笑って言った。

「おれが勝ったら、サンジのケーキのこだわりをみんなに教えろ!」

「は?」

「毎回ごまかすからちゃんと知りてぇ!!」

そんなことを突然言われて料理人は顔を人差し指でポリポリとかいた。主役をとるみてぇで嫌だと返したが、とらねぇし余興として面白いしプレゼントにもなると反論が返ってきて、そんな言葉回しをこういうときだけ使うのかと呆れてしまう。

「じゃあお前負けたらどうする。おれ特にしてほしいことねぇし」

「摘み食い1ヶ月禁止!」

「摘み食いは毎日禁止だこのクソゴム」

「ぶへ」

料理人はがんと船長にかかとを落としてから思案する。

「じゃあ、食料品以外の荷物運び1ヶ月でどうだ」

「のった!!」

コインは、公平をきすためじゃんけんで投げる方を決めた。じゃんけんは料理人が勝ち。一回勝負だと、コインを投げる。
結果は、ご存じの通り表だった。料理人は、苦虫を噛み潰した顔になり、船長は嬉しそうにガッツポーズする。

「じゃあ、おれの誕生日からブルックの誕生日までに少しずつ話してくれよ!!」

「あぁ!?」

「少しずつの方が楽しいし、おれ長い話きくの苦手だからな!」

余計な条件までつけられた上、これではなぶり殺しではないかと料理人は心の中で呻くのだった。

ーーーー

「まぁそういうわけだ。やっぱりこのタイミングは主役とるみてぇだし、聞きたくねぇやつもいるだろうからケーキ開けたあとでいいんじゃねぇかな、船長」

料理人は、どうもみんなの前で話すのは憚られたようだが、むすりと顔を歪める一味に気づいた。

「そういうこというの?ひっどーいサンジくーん」

「ひっどーい」

「ひ、ひっどーい?」

狙撃手と音楽家が膨れっ面をして、船医が便乗するが、即座にがんと蹴られた。船医だけまろやか目に。

「あら、私ずっと聞きたかったわよ、サンジ。余興としても面白いわ、ルフィのいう通り。問題あるなら次回からケーキを運ぶ前にしましょう」

「私もサンジ君ずうっとはぐらかすから、聞きたかったなぁ」

「え、あ」

レディ達からのいたずらっぽい反論に彼は慌てる。この流れは、なんだか厄介だ。

「負けたんならとっとと話せアホ眉毛ー」

「あァ!?」

「ケーキの方も一番いい状態でだしてぇだろ?」

「ぐっ」

剣士のいつものふっかけと、船大工の的確な言葉に呻き、料理人ははぁとため息をついた。

「わかった、第一回な。次回からはもう少し前!!」

「やりぃ」

「ほんとに主役とっちまうから、手短に」

そう付け足すと、料理人はゆっくりと口を開き、過去のことを話し始めた。時折一味の飛び交う質問にも、答えながら。

ーーー

何もケーキが大切だから、いや、大切なのに変わりはないが、あれだけ一味にインタビューしてディテールまで決めて、毎年美味しいケーキを作るわけではない。
彼にとって大切なのは、誕生日そのもの。だから毎回ケーキから何から全力で祝っている。
ちなみに、誕生日は昔から大切だったわけではない。いろいろなことがあって、ゼフの所に来る前に自分の誕生日はすっかり忘れてしまっていた。自分の誕生日なんてもともとないものだ、そう思ってしまうくらいに。
(ちなみにこの辺りで誕生日がなかったなんて、と悲しそうな狙撃手からの嘆きが入ったが彼はよくわからねぇけど忘れたんだ、と重ねたのはさておき)

「自分の誕生日がねぇなんざ、おかしなことをいうもんだな、チビナス」

ゼフとあった時に一番に聞かれたのは誕生日のことだった。覚えていないし、自分の誕生日なんてありはしない。そう呻くと、ゼフは大きなため息をついた。

「誕生日は自分の生まれた日だ。それがねぇなんて、生まれてねぇのと一緒だ」

「でも……」

俯いてじわと瞳に涙を浮かべてしまう。うまく、自分の想いが説明できなくて。説明してしまったら、なんだか嫌われてしまうような気がして。

「三月二日」

「え?」

その涙を遮るように、放られた日付。思わず涙が浮かんだ顔をあげる。

「お前の誕生日だ。おれが今決めてやった。誕生日がねぇなんざ、許せねぇからな」

ゼフは威張るようにそう言った。彼は驚いたように瞳を丸くする。

「お前の名前と一緒だから、どれだけお前がヒヨコ頭でも覚えられるだろ」

「ヒ、ヒヨコ頭じゃねぇ!!」

「じゃあタマゴ頭でいいから、わかったな。お前の誕生日は三月二日だ」

「タマゴでもね、ぎゃーっ」

「二度と誕生日がねぇなんて、抜かすんじゃねぇぞ、チビナス。お前には、ここで働いてもらうんだからな!!」

ぐしゃぐしゃと頭を丸められて、ゼフは店のことを決めるぞと彼に背中を向けた。彼のほんのり嬉しそうな顔を一瞥して、少しだけ髭を揺らして微笑んだまま。
それが、彼の誕生日の、六ヶ月前のお話。
命の次に大切なプレゼントを、恩人からもらった日の話。

ーーー

「というわけで、おれは誕生日は大切にしてんだよ。生まれた証の日だからな」

料理人は顔を赤くしてそう言ったあと、手をぱんと叩いた。

「はい、今日はここまで」

「えーっ!!」

船長は不満そうに声をあげた。料理人は煙草を燻らせながらむすっとする。

「お前が少しずつって言ったんだろうが、はやく諦めてケーキを開けろ、主役」

料理人はぱちくりと瞬きした。辺りを見渡すと、まだ聞きたそうな仲間たちの顔。剣士はふん、と壁に凭れているが、明らかにその耳はこちらに傾いていた。料理人はふうっとあきれたようにくわえ煙草の口許を緩めた。

「船長命令は変えれねぇ。次は、ナミすわんの誕生日!はい、この話終わり!」

「……もう、ちゃんと覚えとくからね!!」

航海士が膨れっ面をしたのに苦笑する。船長は納得したようにケーキの箱に手をかけた。他の一味もそれで納得したのか、船長のケーキに視線を集中させる。余興は終了。主役が輝くときだ。

「今回のケーキのリクエストは、ふわふわでとろけるくれぇうめぇ、でかいケーキ」

「うっまほーー!!!」

箱を開けると、船長は喜びに顔を輝かせた。鼻腔に飛び込む、卵の優しい包み込むような匂い。蝋燭が19本シフォンケーキに刺さって揺れている。リクエスト通り大きくて、麦わら帽子をイメージしているのか。黄色いふかふかのまぁるいシフォン生地二段。繋ぎ目に添えるように、赤い艶々のイチゴが半分にきられて並び、ホワイトチョコレートでビブルカードをあしらったものが添えてあり、そこに誕生日のメッセージが添えてある。ふかふかの生地を切るととろとろ生クリームが溢れ出す仕組みになっているらしく、説明を想像した一味の喉が一斉にごくりと鳴った。

「さぁ、最高のケーキで」

くつくつとリアクションに満足そうに笑いながら、料理人は蝋燭に火を灯す。

「最高の船長の誕生日を、改めて祝おう」

頭の中で、思い出した誕生日の大切さを噛み締めながら、料理人は一味と共に船長が大きく息を吸い込むのを見守った。ふーっと、強い息と共に、19の蝋燭の火がいっぺんに消えていく。

「誕生日おめでとう、ルフィ!!!」

拍手と共にみんなで声を揃えていった。ありがとう、船長が嬉しそうに笑った。さぁ、蝋燭をみんなで取り除いて、次はケーキを切り分け食べる番だ。ケーキナイフを取りに向かう。

「サンジっ」

そこに船長がぐいんと腕を伸ばして張り付いてきた。そんなにケーキが楽しみなのか、と言い返そうとすると、

「サンジの話で、おれとみんなの誕生日がもぉっと大切で楽しみになったぞ!ありがとな!」

「な」

囁くような言葉に、料理人は言葉をなくしたように口をパクパクと動かした。

「でも、主役はおれだからな!!ケーキ、一番でっかく切ってくれよ!!」

でも、続けられた言葉に、ぷは、と笑い声を漏らす。そっちが目的か。そう呻き、温めたケーキナイフをきら、と夜空にかざす。くつくつと口許を緩めたまま。

「了解」

ビブルカードのメッセージチョコも艶々イチゴも溢れだした生クリームもしっかりと行き渡らせるように4分の1ほどケーキを切り取り、フォークと共に皿にのせて、差し出した。

「船長」

「ししし!」

皿を受け取った船長は満足そうに笑って、他の一味にケーキが行き渡ったのを見ると、いの一番にかぶりつく。ゴムの口を一杯にしてもしゃもしゃと動かし、顔を生クリームまみれにして、心から幸せそうに叫ぶ。

「やっぱりサンジの誕生日ケーキは最高だ!!!」

「……当たり前だ」

そんな顔を見ながら、彼も誕生日ケーキを口に放り込む。卵の優しい甘味を感じつつ、改めて大切な仲間の誕生日を、噛み締めながら。

→次回7月3日に続く。
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