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□お米の話
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「よぉ、かえったぞ」
「サンジー!!おかえり!!腹へった!!」
「お前はそればっかだな」
とある日の10時。船番船長はお腹の音を盛大に鳴らして料理人を出迎えた。今日の船番システムはちょっといつもとは違う。料理人は昨日主食以外の仕入れを済ませていて、今日はそれのみ仕入れる予定だったため、船医と途中で交代するシステムにしていたのだ。
「おやつ食わなかったのか?たらふくつくってやってたろ」
「食ったぞ!うんめーカップケーキいっぱい!でも、サンジの顔見たら腹へったーー!」
「それ失礼だろ、どう考えても」
料理人は大袋を両肩に二袋ずつ抱えたまま呆れつつ、隣の食料庫に入っていく。船長もよほどお腹がすいたのか、ふらふらとさ迷うように入ってきた。
「さんじ、それ、くいもんだろ!」
「食いもんは食いもんだがまだ食えねぇぞ。米だからな。研いで炊かねぇと」
「コーーメーー!!」
「バカ!!食材によだれたらすな!きたねぇ!!」
「ぶへ」
ぽいっと船長を食料庫から追い出し、ごとりと袋をおいた料理人はばたんと扉を閉じる。それでもしつこいくらいに腹の音がごろごろごろごろ怪獣のように鳴り響くものだから、ふうっとあきれてしまう。
「ほら、これでも食って繋いでろ」
「ジャァァァァキィィィィィー!!」
どこから出したのか、強い匂いを放つビーフジャーキーを袋ごと投げると、まるで犬のようにガツガツとむさぼり始める。凝縮された美味しい肉の味が口一杯に広がったのだろう。ぐうぐうなるお腹は、とりあえず落ち着いていく。
「じゃあ、昼飯に食いたいもん言えよ、作ってやるから」
「ほんとか!?」
船長はジャーキーを食べ終わったらしくごくんと喉をならしがばりと顔をあげた。はええな、と呆れながらも、リクエストどうぞと言わんばかりに手を差し出す。
「コメ見たからコメくいてぇ!」
「コメな。おかず作って掻っ込むのか?それとも」
「シーフードピラフ、食いてぇんだ!」
「んあ?」
思わぬ答えに料理人は瞬きする。てっきりコメとがっつり系の肉おかずが来ると思ったからだ。
「肉じゃなくていいのかよ」
「肉はおかずにしてくれ!なんかお前がギンに作ってたやつコメ見たら思い出してさ!」
「……また、懐かしい名前を」
さらにまさかの一言に瞬きする。
二年前のお話。船長がこの一味に勧誘してくる数分前のこと。空腹のクリーク海賊団のギンという海賊にピラフと水を差し出したこと。ガツガツむさぼり食うのを見ながら、満足げな笑顔を浮かべたこと。普段はあまり記憶力がいいとは言えない彼がそれを覚えているなんて。
「お前、相変わらずメシのことは覚えてんだな」
「ししっ。サンジのメシのことならわすれねーぞ!!食ってなくてもだ!!そんときいいコックだなぁっておもったし!」
「……へいへい、そうかい」
料理人は背中を向けてしばらく待ってろといいながら照れたように口許を緩める。頭の中で、大盛りのシーフードピラフと肉を使ったおかずのレシピを組み立てながら。
ーーーー
じゅうじゅう。熱せられたフライパンの上で海鮮が踊る。船長はカウンターテーブルに待機し。エプロンをつけた料理人が料理を作るのを見つつよだれをこらえながら完成を待ちわびていた。今日のシーフードは、偉大なる航路でとれた、ぷりぷりのエレファントエビ、歯応え抜群のクラーケンイカ、旨味たっぷりのオオツブホタテを贅沢に。さっとオリーブオイルで炒めて、酒を加えて、それぞれの食感が大事だとそこで一旦魚介を取り出す。溢れだしたエキスは逃さずに米に閉じ込めてやるために別にとっておく。
「なぁ!!サンジまだか!!」
「まだまだだ。それに」
魚介の礒の香りが鼻腔に溢れんばかりに入ってきて、待ちきれない様子で叫んだ船長に、
「これで根あげてたら倒れるぞ?」
いたずらっぽく笑いながら、玉ねぎとにんにく、パプリカ等の野菜の食欲増進の匂いで追い討ちしてやる。生米と共にそれが炒められるさまといったら、そして、魚介のエキスが加わって、どんどん美味しくなっていくのがわかるのも憎い。船長は半ば身を乗り出しながらごくんと唾液を飲んだ。料理人は口許を緩めながらそれにぱふりと蓋をし、旨味と共に米を炊きあげる。
「スープは野菜コンソメ、肉のおかずは」
くるりとおたまをかき混ぜる。ベーコンの脂を足した美味しい野菜スープはもう完成済み。サラダよりきっとこちらの方が船長は好むのを知っていたからだ。そして、肉のおかずは。
「おい、生きてるか?」
「もうひんし」
「テーブル噛むんじゃねぇぞ」
ベッタリと泣きつつテーブルに伏せながらのその返事にけらけら笑いながら、ほっそりとした指でつまみあげ、油の海に衣たっぷりのおかずを泳がせる。しゅわり、小気味いい音。ただよい始めた揚げ物の匂いはどうしてこうまで空腹を逆撫でするのだろう。そんな今日のおかずは、ささみのチーズフライ。パン粉がちりちりと小気味いい音を立てて、中ではかすかにチーズがふつふつと音をたてている。耳でも楽しい。
「まだがーざんじー」
「もうできるぞ、手洗ってこい」
「!!」
「はええな!?」
『もうできる』の『も』を聞く頃には、船長の姿は消えていた。その間に、メインテーブルに置いて盛り付けを。メインの海鮮ピラフ。魚介エキスをぐうっと吸い込んだお米はほんのりと色づいて、散らされたパセリまで艶やかで、海鮮やパプリカとのコントラストが楽しい。スープは野菜たっぷりに仕上がり、ささみのフライは揚げたてでしゅうしゅうと音を立てている。スプーンとフォークを用意して、お茶を注いで。
「うぉーっ、うまほー!!」
「うめぇんだって」
そうしている間に、船長がばふりと待ちきれんばかりに席についた。二人船番なので、二人で食べる昼食の開始だ。
「よし、じゃあ」
向かい合わせになって、手を合わせて叫ぶ。
「いただきます」
「いただきます!!」
まず手に取ったのは、スプーンだった。二人ともメインのピラフから食べるようだ。船長はこんもりと溢れんばかりに、料理人はきちんとスプーンにのるくらいのせて、口にいれる。噛み締める。じゅわり、と米一粒一粒に染み込んだ旨味が口一杯に広がったのだろう。二人の顔がぐーっと緩む。
「うー!うんめぇ!」
「だろ」
ごくんと飲み込んだあとは、チーズフライに手が伸びる。さくりと衣に歯を通せば、とろとろチーズと熱々肉汁が溢れだす。それを逃がさんとばかりに、船長はあちあちうめきながら二口目、料理人はひと齧り。ピラフがあっさりしているから、濃厚チーズがことさらにあう。はふはふ言いながら、料理人はあっという間に一本。船長は二本。
「な、サンジ」
「ん?」
スープを口に運んで、まだ食感残るキャベツの甘さとコンソメの旨味を皿に口をつけて楽しんだ船長は、一息ついた料理人に話しかける。
「ギンとなかなかあわねーなー」
やっぱり思い出したのは、このピラフを食べたいというきっかけになった人物。偉大なる航路でまた会おうと約束をしたが最後、結局新世界に入った今でもまた会えていない。
「ま、そのうち会えるさ。もしかしたら違う航路選んでるかもしれねぇしな」
料理人はそんなことを呻きながら、休憩がてらお茶を一口。
「そしたら世界もう一周でもして会えばいい、だろ?」
昔ならば、もう死んでるだとか何だとか余計なことを言いたくなっただろうが、今は奇跡的な再会体験を幾度もしているせいか、決してそんなことを口にはできなかった。世界は、広い。何が起こるかわからない。この船で学んだこと。船長はその言葉に明らかに喜んだようだった。
「そーだな!!もし会ったらサンジのピラフで宴だ!!」
「別にこのピラフでなくてもいいんじゃねぇか?」
「いや、ギンにとっては一番のごちそーだぞ!」
「なんでそれがわかんだよ」
自信満々に胸を張って言うもんだから本人にでも聞いたのかと思ってしまうくらいだ。すると船長はピラフをまた口一杯に頬張りながら言った。
「だってさ、腹減って腹減って死にそうなときにこんなうんめぇの出されたら、ぜったい一番好きな食いもんになるだろっ!」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ!すんげぇガツガツ食ってたし!!」
自信満々に言い張り、スプーンが激しく動かす。かしゃり。掻き込む。かしゃかしゃ。掻き込む。あのときのギンとそっくり。口一杯に。噛み締める。ごくん。飲み込む。うまいというのが一杯に現れた顔で、ぐいっとからっぽの皿がつき出された。
「だから、そんときまでおれがいーっぱいギンの代わりにサンジのうんめぇメシとピラフ食ってやるんだ!おかわり!!」
矢継ぎ早に言葉をねじ込み、結局は最後の言葉がいいたかったようだ。料理人はきょとんとした顔をしたが、小さくぷはりと笑い声を漏らした。
「……相変わらず、ぶれねぇなァ」
「む?」
「こっちの話だ。おかわり、シーフード多目だろ」
「おうっ!!」
そして囁いた言葉に首をかしげた船長の皿をゆっくりと取り上げ、フライパンの美味しいピラフのおかわりを、ドームのように大盛りにしてついでやるのだった。
ーーへっくしゅん!!
ーーうわぁ、ギンさん!!大丈夫ですかい?
偉大なる航路のどこかで、噂に反応した一人の男が盛大にくしゃみを漏らしていることなど、知りもせず。
<end>