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□リュウセイ島の冒険
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反転、フィルムは進み、新世界。雲一つなく晴れた静かな夜空の下、星が美しくきらきらと煌めき、尾を引いては闇に落ちていく。
片や地上は黒雲に覆われていた。あちこちに揺らぐサーチライト。サイレンが鳴る。けたたましく鳴る。敵襲を告げる。ばたばたと四方八方から飛び込んでくる海賊たち。海風に大きく揺らめく旗印は、瞳が半月目で岩が3つ散りばめられた、にたりとあざ笑うような格好のドクロマーク。住民たちは海賊襲撃の恐ろしさに一端は涙をこぼし家や道に縮こまるも、彼らは素通り、城へと一直線。さすれば瞬き。

「今晩は、リュウセイ島の、住民たちよ」

ずしん、ずしん。地に響くような足音。城に進撃しながら、拡声器に口を近づける。住人たちは再度縮こまった。ちらと困惑に顔を見上げれば、にぃとあからさまに歯をむき出しにして笑った一人の男。おおよそ30代。細目でどこか愛嬌のある顔。首にはかけられた細長い小瓶のネックレスの中で赤黒い砂がサラサラと揺れる。がっしりとした体。頭はくすんだ赤茶、3本の筋を残して刈り上げ、体の露出した部分にはごつごつのぶつぶつのようなものが現れている。フラッシュアップされたそれはまるで黒色に染められた岩のようだ。そして服は薄緑色のゆるい上着、研究服のようなものをかっちりとした薄青のシャツの上から羽織るように着ていたため、ことさらに服から突き出した体の岩が強調されていたのだ。

「悪評高い悪の王様。逆らえないお前らから賃金を毎日巻き上げる悪意の権化。島から逃げようとすれば言わずもがな、正義の海軍様はいずこへ、だ」

住民たちは黙った。仄かに詩的な表現の演説。まさしく言葉の通り。王が、悪政を働いていたのも、海軍に助けを乞うてもまったく耳を貸されなかったのも、平和のために動いたはずの賢い人間が手早く射殺されたことも知っていたからだ。
ここはリュウセイ島。頻繁に流れ星が見られ、人々の願いを託される島のはずなのに、肝心の住民の願いは王に潰され叶えられたことがなかった。むしろ落下した流星に潰されるような、地獄の島だった。

「なんと、都合がいいことか」

だが、放たれた言葉。予想外の言葉。住民たちは驚きに息を呑んだ。海賊だから当然だとか考えられなかった。
確かに男の顔は、明らかに悪だった。けれど、どこか宝を目の前にしてはしゃぐような、いたずらっぽい子供のような顔をしていた。ふっと笑い、マントを揺らして、城を見据える。

「取引をしよう」

手を大げさにぶわりと広げ、研究服をくゆらせて声高々に叫んだ。

「あそこに避難船がある。隣の島への記録指針ものせてある。この島で死にたいやつ以外は、それで逃げるといい」

住民たちは思わぬ提案に一瞬は顔を上げた。だが、その表情は即座に地に落ちた。絶望と長年同居した人々は、どうせ海賊のはとんでもない人殺しの提案だと希望をすぐさまかき消したからだ。

「その顔は、嫌いな顔だが想定通りだ」

男は反応を読んでいた。ちらと舐めつけるように彼らの表情を見渡し、すっと一枚の紙を落とした。

「見てみろ」

命令とも勧誘とも取れる口調。一人が、なんの期待もなく徐ろに拾う。貪るように読んで、顔を上げる。また読む。おい見ろ、叫び別の誰かに渡す。広がる。一枚の紙が、回る。回覧板のように回る。老若男女、住民の誰一人逃すことなく回る。

「どうだ?」

声色は政治家ほどに自信に溢れていたし、住民の顔はくるりと反転するほどだった。その条件は、悪政に苦しむ住民たちにとっての海賊が出した条件とは思えないほどの予想外の希望。流れ星に祈り続ける以上に確かな神の啓示に等しかった。興奮し答えの代わりに頷きで返事をする住民たち。誰も反対反論するものなどいなかった。それほどまでに追い詰められていたからだ。

「おれを、否定しないな」

男がふっと笑えば、行動は早かった。ある者は彼に戸惑いながらお辞儀をしある者は歓声まで浴びせながら家に戻り、荷物をまとめ始めた。進撃を始めた海賊。片や退却を始めた住民。爆音。歓声。遠ざかりゆく、避難船。火焔をあげた、城。

「見ろ!」

甲板。住民は誰一人漏れずに皆乗っていた。人差し指を大げさに指す。街が、悪政が、暗夜に沈む。住民たちは息を呑み、生かされた条件の達成に動き出した。かしゃりと鳴り響く映像貝。夜中にプルプルと鳴る電伝虫。おい聞け、スクープだ。スクープ。眠気眼の新聞社に、タイトルをけたたましく叫ぶ住民。

『流れ星と共に、リュウセイ島の、終わりの始まり』

「ゆ、ゆるし、わたしはこの、よくわからない話、いがい、なに、も」

「この島の価値に無知なら」

冷たい声。震え怯える姿は住民たちと一緒なのに、男の顔は絶対零度に冷え切っていた。

「ことさらに、用はない」

その表情はまさに冷酷な悪魔そのもの。写真があれば、確実に一面にでかでかと掲げられただろう。だが、見る者はわななく王以外におらず。
目を覚ました新聞社はてんやわんや。紙面が舞い散る。山のように積もる。生き残った住民は、電伝虫越しに、叫んだ。くり返し、くり返し、歓喜すらまじえながらも叫んだ。それが、生き残る条件だったからだ。

『海賊界の悪のカリスマ、ブーゼ様!』

新聞社は船を出した。写真を撮れ。スクープを撮れ。急げ、他に遅れるな。1社ではない。2社、3社。そして新聞だけではない。

「ブーゼ……」

雑誌の出版社なのか、船で仰ぎ見て、うねる金髪を揺らして黒いシルクハットをかぶりなおした男。
そして、今まで決して動かなかった、いや動けなかった軍勢も動きを見せる。

『海軍が無視し続けた悪政を否定し、我々住民を自由に逃し、今度はリュウセイ島を支配する!!!』

ぐしゃり。先行して配られた紙面を忌々しく握りつぶす音。音を立てて燃える音。海軍元帥の間の静寂は、マグマのような怒りに満ちていた。

「またやってくれたのう、ブーゼ」

赤犬の苛立つ声。怯えるは報告した海兵たち。慌てるように報告は以上ですと叫んで逃げ出した。

「あの島は、無知な王を置かせとけば価値を気づかないと思っちょったが、それが仇になったとは」

「住民の平和の願いを否定した我々にも非があるし、周辺海域の海軍への風向きは少し悪い方に変わるだろう」

だがそちらには見向きもせずに、窓の外を睨む赤犬。側にはセンゴクが静かに控えている。

「だが、わかっているな。あそこは」

「わかっちょるわい」

ことさらに苛立つ声。怒りを体現しているのかぼこぼこと腕が沸き立っている。

「そうそうあそこは見つからんし、あいつは派手好き。大げさな動きを見せればすぐに急行じゃ」

海軍の勢に当然ながら喜びはなく、快晴からは程遠いどんよりとした曇り空があからさまだ。

「最高の、幕おろしだと思わないか?」

片や海軍側の動揺が聞こえているような、男の笑顔。きらめくような星が落ちる神秘的な夜。掲げられた片手。打撲音がたった一つ。悲鳴とともに、一人の悪の王は落ちた。

「さぁ」

男は、屋上という名のステージに悠然と立ち尽くし、流れ星を仰ぐ。星は横無尽に空に美しいアーチを描く。ひたすらに闇の中へと燃え尽きて、消えていく。

「始めよう」

新聞社に切り抜かれた過去の虚像。8ミリフィルムのようにカタカタ動き、幾月か経たあとの実像に寸分違わず重なる。ただ、異なる点。過去は影で動いていたらしい側仕えが三人。一つはむしゃむしゃと食べ物を貪るだけの肉付きの良い人物。一つはぐにゃぐにゃと幻想のように揺らぐ人物。一つはかちゃかちゃと機械いじりに夢中の人物。いずれも、影。胸元、あるいは腕に光る小瓶以外は。ぶれて闇へと飲み込まれ、やがて一筋の光となりブラックアウトした。

「流星とともに」

過去も現在も変わらず、美しい流れ星は幾度と落ちては消えていく。衛星の如く、片手を掲げた男を中心として、操られるかのように、円を描くように消えていく。
いくらかの不純物を混ぜ込んで。あからさまな悪意を、混ぜ込んで。

「知性あふれる、物語を」

もしかしたら、この出来事は。世界にとって、邪悪な惑星となりうる王を誕生させただけに過ぎないかもしれない。
正義か悪か、そんな境界線を惑わしぼやかしてしまうような、新たな王を。

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