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□14周年記念作品
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夕ご飯のあと。船長が唐突にそんなことをいうので、洗い物中の料理人は声をひっくり返した。たしかに明日は冒険の約束はしていた。しかし、冒険というからには森やら島の奥の洞窟やらだと思っていたのだ。
「なんで神社だよ」
「神社のそばにはいっぱい出店があるんだぞ!ロビンが教えてくれたんだ!サンジと一緒に行ったら?って言ってたぞ。お金渡すからなんとかっていうの買ってきてくれって」
「それを早く言え船番ロビンちゃんにおつかい頼まれたのは最重要報告だろうが!」
「何いってんだ!冒険のほうが最重要だぞ!」
料理人が迫るように言うと、船長はむすっとふくれっ面をした。
「るせぇ!ともかく!出店だってことは金あるんだろうな?」
「あるぞ!ちゃーんと!今日ナミからお小遣いもらったんだ!それにロビンからもなんとか代もらったし!」
「あとでなんとかは詳しく聞くとしてだな」
料理人は止めていた手を動かし始めた。なんだか、彼の顔が嬉しそうだ。
「うめぇもんがあるといいな」
「!あるさっ!!一杯食おう!サンジ!」
「金には限りあるからな」
「宝払いでいーだろ!」
「いやそりゃだめだろ」
会話を交わしつつ、彼らは明日までの数時間と明日になってからの数時間を指折り数えて待つのだった。
――――――――
「よし!サンジ行くぞ!いーくぞ!!」
「ちったぁ待つことを覚えろっ」
ぐいぐいと料理人の首根っこを引っぱって、船長は意気揚々としていた。おそろいの小さめリュック、その中には船長は財布だけ、料理人はハンカチやらお使いメモやら色々入っていた。今日は外でつまむのでお弁当はなし。外は晴天、絶好の冒険日和だ。
「ロビンちゃんのお土産は、何かの護符だな。神社で売ってるみてぇだ。売り切れも心配ねぇらしい」
「じゃあ最後か?」
「そうだな。行きながら遊びとつまみ食い、ロビンちゃんのを買って折返し、帰りに土産買いながら昼飯でどうだ」
最初に考古学者の買い物をしたいが、どうせ、止めても聞かないだろうと料理人はそのような提案をした。船長はぱぁっと顔を輝かせた。
「よし!!それでいい!行こうっ!」
「だから、引っ張るなっての」
ぐいぐいと腕を引く船長に呆れながら、彼らは立つ。境内への坂道は長い長いストレートコース。左右にはずらりと出店が並び、人通りも賑やかだ。飲み物、食べ物、ミニゲーム、お面、なんでもあり。楽しい音楽がTDを介して流れている。その中にソウルキングの曲もミックスされてあり、場を盛り上げている。
「しし、ブルックの声もして楽しみだな」
「あぁ」
二人は顔を見合わせてぷはりと小さく笑い、境内への道を歩みだす。何から手を付けようか、何から試してみようか。ついつい目移りしてしまう。
「あっ、スーパーボールとるやつだ!!」
「なんだ、初っ端は遊びかよ」
「ししっ、ウソップとチョッパーが好きなんだ!みやげだー!みやげーっ!」
飛びつくように向かった船長を追いかけていくと、もうすでにお金を払ったあとだった。紙を貼ったあみで水に浮いたスーパーボールをすくう、単純なゲームだ。500ベリーと少々高めだが、破れるまでに取れなければ2個進呈らしい。
「よし、やるぞ!あっ」
「いきなり500ベリーをドブにすてんな!」
ビシッと突っ込みながら、料理人は腰を低くおろした。船長は10秒足らずででかいスーパーボールをとろうとあみを破いたので二個スーパーボールと交換してもらっている。
「何個ほしいんだ」
「10個」
「なんで」
「みんなのぶん!」
「……じゃあ、あと8個な」
料理人は腕まくりをして、500ベリーを支払い、網を受け取る。器を掴み、網をとって。
「8」
「おーっ!!」
ひょいひょいとまるでフライ返しで食材を弾くように、あっという間に8個入れた。そして、破けた網を返しながら、上手だねと苦笑するスーパーボールすくいの親父から、8個受け取るのだった。
―――――
「おいなにすんだよせっかくおれのスーパーボールすくいに見惚れた美しいレディに声をかけられたのに!」
「だっていーにおいするんだもんよ!」
「あぁ……おれのポイ捌きに惚れてくれたのに……あぁ……」
グイグイと袖を引っ張られながら、美しい浴衣の女性に涙ぐみながら手を振った。ただ早く次を譲ってほしかったからニコニコ見ていたことは本人は知らないほうがいいだろう。
「ったく、いい匂いってのは竹輪か?」
「これちくわのにおいなのか!?」
「あぁ、鯛竹輪だな。くうか?」
「くうーっ!!」
「だから引っ張るなっ」
彼らがたどり着いた鯛竹輪の屋台。ホカホカ焼きたてのそれを袋に入れて突き出されれば、魚肉の芳しい香りか鼻に飛び込んでくる。太くて、弾力があり、焼き目がパリッとしたそれを、料理人は一口。船長は半分くらいかぶりついて持っていった。はふ、ほふ。ほかりほかりと湯気があふれる。
「うんめぇぇ!!」
「焼き目がちょうどいいな。パリパリしてる」
歯を入れるとパリッと音がして、温かさとうまじょっぱさが口いっぱいに広がる。独特の歯ごたえが楽しくて大きくても飽きず、二人してぺろりと平らげてしまった。
「これも土産用に予約するかな。船まで運んでくれるらしい」
「おでんか!?」
「そういやお前気に入ってたな……じゃ、おでん用も入れてちょい多めに頼むかな」
「やったー!!」
船長がはしゃぐ後ろで、さらりと10人前の練り物の予約を始める。店主が大口の依頼に嬉しそうにはしゃぎ、ちょっとサービスしてくれるのだった。
―――――――――
「なんだ、注文してる間になんか食ってたのか」
「にふまひおにひりだ!ほら!」
「ん、もう何個食ってんだ」
「9!」
トレーごとずいっと差し出された一つの肉巻きおにぎり。肉がタレたっぷりに焼かれて、輝いている。どうやら一個分けてくれるのか。彼いわくついていた箸はどこかに捨てたらしい。呆れたようにそのほっそりした指でちょいとつまむとそのままかぶりついた。おにぎりに甘辛いタレが絡みつき、肉は噛みしめる度に肉汁を米にまとわせる。口ひげにタレをつけながら、最後まで味わい終える。
「タレがちょっと甘めだな。けどうめぇ」
「だろっ。まだ作ってくれよ、サンジ!」
「タレついた手でひっつくな。ほら」
「ぶーっ」
さらっとウェットティッシュを備えてあるあたりは抜かりない。船長の手に押し付けて拭いてやり、自身もしっかりと手と口元を拭いた。
「おっ、ついたな」
たどり着いたのは、朱色と黒が基調の神社だった。しん、とどこか厳かな空気がただよって、彼らを思わず顔を見合わせさせる。人々は賽銭を投げ、神に祈っている。おみくじを楽しんだりお守りを買ったりして、
「おみくじとか参拝とかするか?」
「んー!いいや!ロビンのだけ買おう!おじゃましまーす!」
「……それ、挨拶か?」
「おう、神様へのあいさつだ!」
「なんだそりゃ」
ぷはりと笑い声を漏らした料理人に、なぜ笑ったかわからない船長は瞬きする。ならばと船長に合わせることにして、考古学者へのお買い物だけをさらりと済ませるのだった。
―――――
「なー!サンジ!なんでおれのリュックに入れてくんねぇんだ!ロビンのお使い!」
「お前スーパーボール入れてんだろ」
「そりゃそうか!」
「で、昼飯だ。なに食う?」
「うーーん、肉の匂いこの辺ねぇーんだよな……」
「お前の嗅覚は何なんだよ」
船長がまるで掃除機のように鼻から息を吸い込み始めるので料理人は呆れた。するとくるっと船長がこちらを向いてくる。
「あ?」
「サンジ!うまくておれが気に入るメシ教えてくれ!」
「値段は」
「んーー!!あとお小遣い5000ベリーだ」
「結構あるな。じゃあ」
料理人はあたりを見渡した。その隻眼で観察するのは、店の雰囲気。こんなライトな格好でも入っていいような、かつ旨い店を。鼻はひくひくと匂いで動き、耳は誰かの噂話を拾い上げる。
「……あっちだな」
「お!」
「へばりつくなだから」
肩に両手をのせて興奮してきた彼に呆れながら、彼は列車ごっこするように船長を店へと連れて行く。店先はしっかりとした構えで黒を基調とした一階建てに瓦屋根、のれんには3文字が踊っていた。船長がゆっくりと文字を読み下す。
「う・な・ぎ……うなぎ!!」
「あぁ、あんま食ったことねぇだろ?」
「サンジが焼いてくれたことあるじゃねぇか!」
「よく覚えてんな。だが、老舗はまた違うんだ。タレを継ぎ足して継ぎ足して、うまみと深みが出るからな」
ごくんとわかりやすいくらいの唾液の音がした。窓ガラスからチラと確認する。観光客もいるらしい。
「で、ここにするのか?」
「するーっ!!」
船長はぐいっと料理人を引っ張って店に入っていく。おれが見つけたんだが、という言葉を呆れ笑いでかき消して、暖簾をくぐったのだった。
――――――
木のテーブル。黒くて丸いお櫃とお茶碗とおしゃもじ。葱、山葵、海苔などの薬味。徳利に入った香り高い出汁。そっと小さな匙が添えられたのは観光客用かはたまた。お麩と和布のお吸い物も美味しそうだ。
「ひつまぶしでよかったのか?お前うな重の方にするかと」
「サンジと同じのにしたら食べ方教えてくれるだろ!」
「ったく、そういう魂胆か」
「こんたんだ、ししし」
「まぁ、2500ベリーでちと安いしな」
料理人は船長の分も手伝ってやることにした。店に迷惑をかけるのは嫌だからと言い訳しながら。ひょいとお櫃からうなぎと米をよそってやる。つやつやカラメル色の、けれどパリッと焼き目のついたふっくらした身の下に、ほかほかの白い米が秘伝のタレをかけられて隠れんぼしている。
「まずは、一杯目はこれだけで食え」
「これだけか?」
「素材の味を知るんだよ」
そんなもんかと納得し、いただきますを声を揃えて言ったあと。豪快に匙で鰻をすくいとり、飲むようにして食べる。料理人は箸でそっと鰻を裂き、それを米と一緒に頬張った。
「!」
「うめっ」
口をきゅっとすぼめ、顔を見合わせ呻きあう。鰻皮はパリッとして、身はふっくらで、歯を通すと旨味がぎゅっとした甘めのタレと一緒に口に広がる。白い飯が、それをしつこすぎなくして。あぁ、あっという間に、茶碗一杯ぺろりと平らげてしまった。
「サンジ!次は!」
「次は、薬味をのせて。おれがやるぞ」
「やってくれ!」
次が食べたいという急く気持ちにかられながら、葱と海苔と山葵をちょいちょいとのせて、2杯目。微妙に船長と料理人の配合を変えて。船長は海苔多め、料理人は山葵多めで。
「うめぇーーー!!」
「ワサビいいやつだな。ほのかな甘みがある」
薬味の力が加わると良いアクセントになる。シャキシャキとした葱と、しっかりした味付き海苔とぴりりと辛い山葵が箸と匙をガンガン進めていく。気づけば、2杯目もあっという間に空だ。
「で、3杯目は!」
「3杯目は」
3杯目も料理人がやる流れだ。ここまで来たら嫌だだのなんだのどころか早く食べたい食べさせてやりたいが勝っていた。しゃもじで掬い上げたひつまぶしにまた薬味をかける。
「さっきと一緒か?」
「焦るなバカ」
窘めてから徳利を掴み、ゆっくりと回しかける。船長の顔がまたぱあっと輝いた。ふっくら蒸し焼きにされた鰻が香り高い澄んだ出汁を吸って、タレをじわじわと出汁に広がらせていく。
「いいぞ食って」
「うほー!!!」
船長はとびつくように匙で出汁とタレのしみた米と柔らかくなった鰻を掬ったが、料理人はゆっくりと温かな茶碗を掴み、ずず、と出汁とタレの溶け合ったそれを少し啜る。
「うめぇーー!」
「な」
その後はしゃくしゃくと飲むように味わって、3杯目もあっという間に空。ともすれば、最後に残った、4杯目は。
「サンジ、最後のはどうすんだ!この味噌汁かけるのか?」
「ちげぇよ。4杯目は好きなように食うんだ。味噌汁かけたら不思議とうまくなくなるからやめとけ!」
「むー、わかった。でも難しいぞ!どれもうまかった!」
「難しいなら全乗せしろ。おれァ薬味が気に入ったから薬味で食って、後で出汁だけ楽しむんだ」
「わかった!全乗せする!!今度は一人でやるぞ!あ」
「いきなり薬味こぼすな!!」
結局料理人が全乗せを手伝ってやり、最後まで美味しくひつまぶしを平らげたのだった。
――――――
「うまかったなー!」
「もうちょっと食いたかったな!」
「まぁ金もねぇから我慢しろ。帰ったらなんか作ってやる」
のれんをくぐった料理人はちらっとあたりを見渡しながらそういった。
「帰るのか?」
「いや、まだだ。行きたい店ある」
「くいもんか!?」
「あぁ。目星つけてたんだ。先に帰るか?」
「やだ!いくぞ!」
「はは」
ふくれっ面で飛びついた船長を誂いながら、料理人が最後に向かった先。そこは小さな小さな店だった。
「いらっしゃい」
「きなこ団子10つと2つ。2つは歩き食い」
「あいよ」
「奢ってくれんのか!?」
「肉巻きおにぎり奢ってくれただろ?」
「やったぁ!!」
船長ははしゃぐ。料理人はふうと笑って、手早く出てきた団子を1200ベリー払って受け取った。大ぶりの団子。丁寧にきなこがまぶしてあり、食べごたえはありそうだ。
「よし、今度こそかえるぞ」
「おーう!」
声が飛び交う賑やかな街の中。左右の屋台やお店の賑やかさを名残惜しそうに楽しみながら、料理人と船長はふかふかでまだ温かなきなこ団子に同時にかぶりつき、にぃと笑い合うのだった。
「うめぇな」
「なっ!」