「で、さっきのはなんだったんだ」

時間は既に夜。
固まったままの連れをとりあえず部屋に返し、開口一番、少し不満気にガウリイは言った。
言われた相手は自分と全く同じ顔で困ったように笑う。


「もしかして、食べる、好きだろ?」

彼は誰が、の主語は付けなかった。
もしくは、俺でもお前でもどちらでも良かったのかもしれない。

「何の話をしてるんだ?」

その問いかけを彼は無視して続ける。

「俺って一応お前さんの記憶を引き継いでいるんだけど、いわゆる『起きかけ』の状態で、記憶、混乱してて」

『ガウリイ』って名前もお前さん達から聞いてようやく思い出したんだ、と付け加える。
同時に、まるで疑うことを知らない子供のように、にこりと微笑んだ。

「それで、お前さん達を観察していたんだが、彼女を見ているうちにそういや食事のときは幸せそうだったなあ、食べる、好きだなあって、つい」

「まさか、お前さん、リナを食べようとしたのか?」

危害を加える様子はなかったけれど、確かに噛み付いた。その事実とたどたどしい話の流れにガウリイは眉を潜める。

「だから言った。混乱してる」

「否定しないのか」

「自分でも、よく分からん」

「おい、リナは人間だぞ。まさか俺も食うつもりか?」

「他人は分からないけど、自分はさすがにちょっと」

起きかけと自分で言うだけあってか、それとも元々の性分なのか、彼には本心を隠すと言う選択肢がないらしい。
ぞっとするような回答がすらすらと口をついて出る。
悪意はないらしいが、それ故に厄介な相手だとため息をついた。
彼が何を思っているのか分からないうちは、あまりリナと二人きりにさせない方が良いのかもしれない。




偶然、買い換えのために余っていた寝間着を彼に渡すと、とりあえずの報告をしに連れの部屋に向かった。
軽くノックをすると、少しの間を置いた後に中から声がした。さすがにそろそろ復活してきたらしい。
そろそろと開く扉から、ゆっくり顔を出した。
まだ普段着のまま、ガウリイの顔を見ずに「さっきは抜けて悪かったわね」と軽く謝ってから「どうなったの?」と付け足した。

「どうもこうも。とりあえず今夜は俺の部屋に泊めるってことくらいしか決まってないさ」

「そう……どうするか詳しくは明日決めましょ」

そこで、ふと連れは言葉を繋げた。

「本当はさっき確かめたかったんだけど、彼って、どれくらいガウリイそっくりなの?」
「本人は、一応俺の記憶はあるけど曖昧だって言っている。
話をしてても全部が全部俺そっくりとは思わないしなあ……」

あ、あと、とガウリイは付け足した。
言うべきか迷ったのだが、万が一の可能性もある。
「大丈夫だとは思うけど、一応、気をつけろよ」

「気をつける?」
その言葉が意外だったのか、彼女が顔をあげた。
伏せがちだった視線が交わる。連れの言葉が止まった。
いつもなら軽く流れるはずの時間に、嫌な汗が流れる。

連れは少しの間止まったままだった。
しかし何かのスイッチが入ったように一気に耳まで赤くなると、慌てて「おやすみ!」と扉を閉めた。

扉の向こうに残され、ガウリイは顔をしかめる。
連れは自分の顔を見たとたん照れたように慌てて逃げ出してしまったが、無論、自分は何もしていない。
『彼』と同じ顔をしている自分を見ていたんだ。
自分と同じ顔をした彼に先ほど触れられたから、あんな態度をとった。
ここにいるのは自分なのに。そう思うとじわりと嫌な感情が心を浸食した。






「とりあえず、あの壺を調べてみようと思うの」

翌朝、朝食後に軽く飲み物を注文しながらリナは言った。
ガウリイと彼の顔の様子を窺うが、無論二人に反論はない。

「どうやって調べるんだ?」

「それが難しいところなのよね」

腕組みして言うリナ曰く、確かに不完全なマジックアイテムではあるが、これほどの完成度ならば普通ある程度の知名度があってもおかしくはない。
しかしながらリナが全くその存在を知らないということは、秘密裏に開発された代物なのだろう。
そういったものの資料を探すのは、非常に難しいそうだ。

「あたしは今日魔導士協会でいろいろ調べてみるから、ガウリイとあなたはずっと一緒にいてくれる?」

「それって、なにもしないってことじゃないか」

「そうでもないわよ。本人同士にしか分からないことってあるだろうし」

こういうときの連れにあれこれ言っても仕方がない。大人しく閉口すると、のほほんと隣の彼が口を開いた。

「ねえ、『彼』とか『あなた』って、何?さっきから、なんか、ちょっと」

記憶が混乱していると言ったものの、ある程度の常識や知識は備わっている。
固有名詞がないことへの指摘を受けたのは、コピーと言うより独立した存在としての意識があるのかもしれないと心に留める。

「それもそうだな。なんて呼べばいい?」

「それなんだけど『ガウリイ』じゃ、ダメ?」

その提案に、二人は目を瞬かせた。

「だって、それじゃあガウリイが二人になっちゃうでしょ。ややこしいわよ?」

「それは分かっている。けど、俺の記憶の中じゃ、今さら変わるなんて、変かも。
名前一緒なんて、たまにあるだろ?」

「……」

連れと一瞬顔を合わせ、連れがまあそうよね、と言った。
それで概ね名前は決定した。

「よし、じゃあ方針が決まったところで」

ガタリ、と連れが腰をあげた。すぐに出発するつもりだったらしく、椅子の横には例の壺と荷物一式が纏まっていた。
彼女はそれらを大事そうに抱えると「それじゃあまた昼過ぎにね」と手を振って食堂を出て行く。

「俺たちも行くか」

「おう」




昼過ぎになってむっすりとした帰ってきた連れに、思わず苦笑する。
収穫なし、と言ったところか。

「ただいま。……っていっても、何も良い報告はないんだけど。しばらくは文献探しの旅になりそうね。
で、あんたたちは何してるの?」

宿屋からやや手前の広場でどこから手に入れたかも分からない木刀を手に対峙する自分たちに、連れは首を傾げてきいた。

「チャンバラ」

「せっかくだから」

声色だけならまったく同じトーンが返ってくる。
それだけで、連れはだいたい状況を察してやや離れたところに腰を落とす。


「これだから男は……」

午前中必死に協会の資料を漁っていた自分はなんだったのか。と言った感情が露骨に顔に出ている。
そのしかめっ面に少し苦笑すると、対峙する向こうからも小さな笑い声が聞こえた。
彼と自分はどこまで一緒でどこから違うのだろうか。
もしも、もしも顔や名前だけでなく全てが同じだとして、彼の言う記憶の混乱が解消されたのなら、完璧な自分がもう一人いることになるのだろうか。


「行くぞっ」
「おうっ」

言って二人同時に駆け出す。
鈍い音を立てて、一太刀で決着はついた。
いてて、と右手をぶらぶらさせる『ガウリイ』の手からは木刀が消えていた。
一瞬で弾かれたそれは広場の中央でくるくると素早い回転をかけて回り続け、ほどなくして止まった。

あっさりとついた決着にやや呆然としていると、『ガウリイ』は飛ばされた木刀を慌てて拾いに背を向けていた。
『ガウリイ』は木刀を右手で持ち上げたが、すぐに途中でポキリと軽い音を立てて二つに割れる。

「だめだなあ、こっちは。記憶があっても、それだけじゃダメなんだなあ」

向こうは同じ記憶を持ちながら瞬時に着いた決着のギャップが面白かったらしく、一頻り笑うと「よし」と再び構える。
「お、おいおい、それでやるのか?」

柄から綺麗に割れた木刀では、たとえ『ガウリイ』が自分と同等の力量を持っていたとしても話にならないだろう。


「待ちなさいよ」

言うのと同時に、連れが何かを投げた。新品の木刀だ。
放物線を描いた木刀は、綺麗に『ガウリイ』の目の前に落ちる。
そちらを見ると隣のおじさんから木刀を譲ってもらったらしく、連れが何枚か銅貨を渡していた。

『ガウリイ』は少しの間、不思議そうに目の前に落ちた木刀とと彼女を見比べると、
「もう一度やるか」
木刀を大事そうに拾い上げながら、小さく微笑んだ。






「――なあ」
ぜいぜいと肩で息を切らしながら、『ガウリイ』は広場のど真ん中で仰向けに転がっていた。
周りには折れた木刀が大量に散らばっており、昼間の騒ぎを知らない通行人は珍しそうに通り過ぎていく。
飽きたのかすでに見物客はまばらになっており、物好きそうな数人のおばさんが話のタネにと折れた木刀の半身を拾いあげている。

「なによ?というか、よくやったわね、ここまで」
連れは呆れを通り越して関心したように、笑っている。

「怒ってたんじゃ、ないのか。なんで、木刀」

言葉の羅列のせいか、連れは少し眉をしかめた。

「新しい木刀を買ってくれたこと、驚いているんじゃないのか。
直前まで怒っているように見えたから」

「ああ」

解説を聞いて、納得したように連れは頷いた。

「そりゃ呆れてたけど、なんか、あんた楽しそうだったじゃない」
その答えを聞いて、『ガウリイ』は不思議そうに目をぱちぱちと瞬いた。

「でも、あんたは変な顔してたわね」
今度はこちらを向いて言う。
思わずぎょっとして、顔が強ばった。

自分の様子に気づいたのか連れはすぐにきょとんとしたが、下の方から「タオル、欲しい」と言う声が聞こえてくるとちょっと待ってなさいと身を翻した。

連れがいなくなってすぐ、隣の彼がむくりと上半身を起こす。

「……なんで、リナを追い払った?」

「……別に、食べたいと思ったわけじゃなかったんだ」
新しい発見をした子供のように、彼は嬉しさを堪えきれない表情を作っている。

「お前さん、よく人の話を無視するな」

「食べたかったんじゃなくて。いや、食べるのは好きだけど。
幸せそうなのが、良かったってこと?」

「一体、何の話をしてるんだ」

「なあ、俺、やっぱり『ガウリイ』やめて良い?」

「……奇遇だな。俺も、お前さんにはお前さんの名前があった方が良いと思ってたんだ。
俺とお前さんじゃ、やっぱり違うだろ」

「どこから?」

「……改めて、よろしく」

右手を差し出すと「話を無視するのは、一緒」と笑いながら、『彼』は強くその手を握った。







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