テニス夢

□潰れたのは私のケーキでした
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その日、手慰みばかりにスケジュール帳をパラパラ捲っていた俺はふとあるページに目を止めた。
閉じかかったそれに手近にあったペンを挟み、そっと折り目を付ける。

そこにはでかでかとピンクの文字で、"ハル、バースデー!!"と記されていた。
なぜピンク?とか俺の字じゃないとかそんな事は簡単に説明がつく問題なのだが(ヒント:アホ女)、真に頭を抱える原因は、それが今日から辿って実に3枠前の記述という点だ。

つまり、3日前。

当然今になりうなだれる俺は、何もしてやらなかった。
何もしてやらなかったどころか、忘れていた。
最近対立するマフィア間のに妙な動きがあり、情報収集やら事後処理やら会合やらに追われひたすら忙しく、家に帰れないような日すらあったのだ。

それを言い訳にするわけでは無いが、とにかく分刻みで動いていたと言っても過言ではないような日々が折り重なって招かれた事態は何より恐ろしい惨事だ。


怒ってる。確実に怒ってる。

じゃなきゃ泣いて…


そう思うといても立ってもいられず、鞄を引っ掴み、立ち上がる。

キィ…と情けない悲鳴をあげて椅子が後退し、部屋にいた数名の部下が目を丸くして俺を見た。


きっと誰かがミスをして、俺がキレてると思ってるんだろう…が、今は説明する時間も惜しい俺は、すまんと頭を下げてその場を後にした。


したたかに舌打ちも残して。


…いつもより荒々しく車を走らせマンションに横付けすると、階段を駆け上がる。

不思議な事に重い心とは裏腹なその足取りは、家に近づくにつれ軽くなった。


一呼吸置いて、インターホンを押すと「開いてますよー」と相変わらず間抜けな声が忙しない足音と共に近づいてくる。


……ちょっと待て。無用心すぎるだろーが!


1人で身悶えしている内に、扉は控えめに開きハルが顔を覗かせ俺を見るなり


「はひっ!生きてました!」


何つー事言いやがる…!

しかし俺はいつもの癖で喧嘩腰になりかけるのを何とか抑える。
いつもの俺達なら今頃メンチ切りあって怒鳴り散らしているだろうが、俺を見て負の感情を見せるどころかこのアホ、一瞬で花が開くように顔を綻ばせやがって。


一種のひるみを覚えた俺は、返事の変わりに無作法にケーキの箱を突き出した。

再び訳が分からないというような顔をするハル。


「……受け取りやがれ」

「はひ?」

「はひじゃねぇ!離すぞ」

「な、何で怒ってるんで……あぁ―!!本当に離しちゃ駄目です〜!!!」



箱を抱えたハルは、どうしたんですか?これと首を傾げた。(その前にアウトローだなんだと散々どやされたが)


何も言えず、甘んじて彼女の視線を受けた俺は何も言えずに手を行き場を探す。


しかしすぐに、はひ?と首を傾げたハルの髪を掻き上げた所に落ち着いた。



悪いとおめでとうが言えない、俺の悪い癖だ。



「っ…ごーくーでーらーさんーっ!!!!何するんですか一体ハルが何したって」

「うるせー何もしてねーよ!!」

「はひ?!何ですかそれ!!意味が分かりません!!」

「だーっ!!!!黙りやがれアホ女っ」

「アホ?!誰がアホですか!!今日の獄寺さん変ですよ?!いつもですけど」

「な?!…テメェ…」


堰を切ったように溢れだした言葉は、競争心に火を点けてご丁寧に油まで注いでくれたらしい。

いつもの言い争いは加速して、止まらなくなった。

全く、この時ばかりは沸点があまりに低い自分を呪うしかない。


「ハルは、久しぶりに帰って来てくれたと思って嬉しかったんです」


後悔に交じる、ハルの声。

先程とはトーンが何倍も落ちた声音で話しはじめたハルに、黙って耳を傾ける。


「いつでも帰ってこられるように、鍵も開けておきました」


…それだけはやめてくれ。


「お仕事だから仕方ないって、我慢してたんです。だけど、」



「だけど、」



「だ……け…っ」




ああ、アホは俺だ。

さっきまであんな威勢よく啖呵切っていたとは思えないほどアホ女は小さくて、震えてて

こいつがこんなになるまで何も言ってやれなかった自分に酷く腹が立った。

腕の中に収めたアホ女は案の定小さな嗚咽を漏らしていて、頭を撫でると共に俺にそっと身を預けてきた。


足元でドサッと何かが落ちる音がする。



淋しい思いさせて悪かった。
悲しい思いさせて悪かった。
泣かせて悪かった。


ハル、


「誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとよ」


ほら、もう君が笑った。





(あ、でも鍵はちゃんと掛けやがれ)
(じゃあちゃんと帰って来て下さい)

(……)
(はひっ!!返事して下さい〜!!)




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