小説

□異世界に迷い込むオムニバス―ヒイロ・ユイの場合―
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ヒイロ・ユイの場合









注文の多い料理店、と云うのは即ち、来る客にやたらと注文を付けてくる店の事であった。
偶然迷い込んだ山奥で、物珍しさから入ってみた店で、ヒイロはそう理解した。
然し靴の泥を落とせだとか上着を脱げと云うのはまだ理解出来るものの、髪をブラシで擦れだの金物を外せだの、揚句には服を脱いでクリームを塗れだのと云う注文は流石に承服出来ず、結果タンクトップにジャケット、ジーンズ履きの普段着姿の儘、ヒイロはズンズンと幾つもの扉で仕切られた長い廊下を進んでいた。

入口からはそうは見えなかったと云うのに此の異様な広さ、ツーバイフォー工法が流行りの世の中なれど少々おかしいのではと疑いつつ、それでも進む。


また新たな注文の札、『さあもうすっかり用意は出来ています、たっぷりと戴きます』の意味は無視して扉を開き、再び現れた扉に近付き札を見る。


『え、ちょっと、如何して引き返さないんですか?如何考えてもコレ貴方を食べちゃいますよってオチじゃないですか』


…語るに落ちる、とは此の事か。
然し本当に取って食う気があるのならば意地でもこんな事は言わないだろう。
再び無視して扉を開く。


『ごめんなさい、僕が悪かったです、お願いですから帰って下さい』


急に低姿勢になった札を見て眉間に皺を寄せる。
ヒイロとしては本当に多少腹が減っている事もあるが、此の自称料理店が一体何の意図で建てられているのか気になるのである。

またも無視して扉のドアノブに手を掛けようとした矢先、其の奥から何やらボソボソと声が聞こえてきた。



「ど、どうしようどうしよう、何で帰ってくれないの此の人、もうドアも出せないし…!」

「…おい」

「きゃぁああああっ!?」


さくっと無視をして扉を開いたヒイロが呼び掛けると、其の直ぐ傍に座り込んでいた声の主は、思い切り悲鳴を上げた。

半泣きの儘ヒイロを見上げてきたのは、料理人の服を着て帽子を被り、ビスクドールめいた金髪碧眼の……猫耳の少女だった。
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