小説

□異世界に迷い込むオムニバス―トロワ・バートンの場合―
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トロワ・バートンの場合










稲光がひび割れた硝子越しに、埃を被った床を照らす。
豪壮な屋敷はもう何年も打ち捨てられ、ごく一部の部屋と施設を除いて廃屋同然であった。
其の一部の部屋と施設の利用者にして屋敷の持ち主であるトロワは、例外ではない廃屋部分の一室にて、石灰と犬の血を混ぜた塗料で板張りの床に魔法陣を描き、松明を灯し血玉髄を掲げ、卵を産んだ事の無い雌鳥を生贄に捧げた。

そして頁の擦り切れた魔法書を片手に、呪文を唱和する。
明ら様な憎悪や憤怒の篭った音ではなかったが、切なる願いを伴った響きもない。ただ朗々と、美声と呼べる声音で言霊を紡ぐ。

「――此の声聞こえたならば地獄の底より現れよ、我の元へ今直ぐ見参し契約を結べ、我は真実の泉の名において汝を八つ裂きにする権限を持つ者なり、此の呼び掛けに応えぬ時は…」



“吾ヲ呼ンダノハ貴様カ……”



瞬間、地の底から届く様な、巨石を強大な力で動かし擦り合わせる音で構成されたかの様な声が、周囲に響いた。
窓は締め切っている筈なのに松明が揺れ、血の匂いで満ちた部屋に更に生臭い匂いが立ち込める。

魔法陣が青白く発光して、ズルリと重く濡れた物を引きずる音がする。
更に腐った泥が煮える様な音が続き、床が盛り上がる錯覚の後に現れたモノ。

爛れた爬虫類の其れに似た質感の皮膚に覆われ、大きさは魔法陣いっぱいに広がり部屋を塞ぎそうな程にある。
濁った眼球が不揃いに並んだ姿は此の世のどんな動物の形でもなく、嗤っている様に開いた口には矢張り不揃いだが尖った牙が並んでいる。

“吾コソハ怠惰ノ主、べるふぇごるガ配下、第四鳥頭公。吾ヲ呼ンダノハ貴様カ”

其の物体…召喚した悪魔は臭気を撒き散らしながら名乗り、再び問うた。


「そうだ、俺が汝を召喚した。先ずは誓え、決して俺と俺がそう望む以外の者の心身に一切の害を与えない事を。」

込み上げる吐き気や悍気を一切表に出さぬ儘、冷静にトロワは応えた。悪魔との契約は常に強気か、対象によっては敬意を篭めた態度で行うのが定石だ。
また、召喚された悪魔は魔法陣から動けない。そして魔法陣から出す前には、こうして出た途端に殺される様な事を防ぐ為に誓いを立てさせねばならない。


悪魔は嗤う形に引き攣れた巨大な裂け目な口を更に歪ませ、ヒキガエルの様な笑い声を立てた。
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