小説

□過剰投影型依存における袋小路の模型
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律すれば律する程堕ちる
赦されぬ想いに灼かれながら











過剰投影型依存における袋小路の模型












銀色に輝くナイフを見て、カナードは美しいと思った。映り込むのは泣き笑いの“妹”と自分。何方も飛沫した血に塗れているのは、其のナイフがカナードの鳩尾の直ぐ下辺りに突き立てられていたからだ。

「これで還れる……帰ろう、帰ろうよカナード、あったかくて、痛い事も怖い事もない、あの場所に。」

あの場所、と言った所で、共に試験管かフラスコか人工子宮か、そんな物から生まれて研究所の被験体として生きてきたカナード達に、安らぎの地などある筈がない。

然し“妹”の脳髄、キラのシルビウス溝の何処かには、其の楽園が存在しているのだろう。


ああそれにしても、刺された箇所は的確だ。
カナードは意識的に痛覚の神経を別の感覚を司る物と混線させ、意識を保った。
もって後数分の命だが、何か出来る事は、してやれる事はないだろうか。此の愛しい、愛しいいとしいいとしい妹に何かしてやれる事は。

半ば正気に戻ってしまったのだろうか、ふとキラの表情を見ると徐々に泣き笑いから本当の泣き顔に移行している所だった。

それはいけない。騙されて堕ちた楽園なら、最後まで騙されていなければ。
誤作動させている神経の所為で寧ろ甘美な刺激を腹に残した儘、カナードはキラを抱き締める。
自分と全く同じ色の瞳から涙を零していたキラは、安心した子供の様に穏やかに其の瞼を閉じる。

此の細い首をへし折っていこうか、ふとそう掠めたが、カナードは出来る訳がないと諦めた。
どうして愛する者を殺せようか。
愛しているからこそ殺しておくべきかとも思うが、純粋に“出来ない”のだ。兄としての本能なのか、実験による刷り込みなのかはよく解らないが。


目の前が一段、暗くなる。
先に行く、待っているぞと囁けば良いのだろうか。然しまた生き地獄が待っているとは知っていても、キラには生きていてほしい欲も何処かにある。

どうせ死ぬのであれば道徳などに囚われずに、素直に愛し合えばよかったのだろうか。答はない。考えるだけの酸素も時間ももう脳には残っていない。


開けない迄も弄くられて、何時もこめかみから血を滲ませていた脳。
 
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