小説

□子犬のワルツ
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『私の言葉が解るのか!?』

抱き上げた仔犬の鳴き声が脳内で人語に変換され、しかも其の声に聞き覚えがある事に、カトルは眩暈を感じた。












子犬のワルツ












其の日カトルはたまには気分を変えようと、執務室や食堂ではなく一階のサンルームに食事を運んで貰い、クラブサンドと紅茶の昼食を摂った。
人工の物ではあるが明るい光に溢れ、姉の何人かが育てている薔薇園が在る庭を臨むサンルームでの食事は良い気分展開になり、さて仕事に戻るかとした矢先に、ふと屋敷の裏手の方から聞こえた、黄色い声。

「…どうかしたの?」
「あ、カトル様」
「それが…」

気になって出向いてみると、勝手口の側で二、三人のメイド達が何やら集まっていた。其の内の一人が大事そうに抱えていた、ふわふわとした白い塊。
所々薄汚れて、何だか弱っているように見えはしたが、其れは長毛種だろう犬種の、仔犬だった。

「申し訳ありません、何処からか迷い込んできてしまったみたいなんです。」
「直ぐに守衛室に届けるべきだったんですが、つい可愛くて。」

年下の当主に畏まりながらも困ったように笑う彼女達に抱かれた仔犬を、カトルもまた覗き込む。

コロニーでペットを飼うには、正式に申請をし、地球での其れよりも何倍も厳密なチェックを受けてからでなくてはならない。定期的な検疫も必要だし、一匹一匹に個体管理のタグを着けるのも飼い主の義務の一つだ。

「でも此の子…首輪もタグも着けていないね。迷子だとしても、何処から来たんだろう?」

確認し、首を傾げるカトルを仔犬が顔を上げて、青みがかったつぶらな瞳で見遣る。
すると急に其の仔犬はきゃんと可愛らしく一声鳴くと、メイドの腕から飛び出してカトルに飛び付いた。

「っとと、」
「あら。」
「此の子、カトル様が好きみたいですね。」

仔犬に腕から飛び出された彼女は少し残念そうにだが、咄嗟に抱き留めたカトルの様子を微笑ましげにメイド達は目を細める。
何処か物言いたげな瞳でカトルを見上げ、小さな尻尾を振る可愛らしい仔犬に、元々動物好きでもあるカトルも勿論悪い気はしない。

「……よし、取り敢えず保健局に連絡して飼い主を探して貰おう。其の間、君はうちにおいで。」

笑顔でそう語り掛ければ、まるでカトルの言葉が解ったかのように、仔犬はまたきゃんと鳴いた。
 
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