Zoro×Usopp
□ふわり
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どこが、とか、なんで、とか、そんなことを聞かれても答えられないけれど。
いつかの太陽の下。
ふわりと微笑んだ姿を見た、その瞬間に。
おれは、恋に落ちた。
午後の甲板には柔らかな日差しが降り注ぐ。
ついさっきまで何をして遊ぶかと額をつき合わせて相談していたウソップとルフィ、チョッパーの三人は、どうやら釣りをすることで落ち着いたようだ。
結局いつもと変わらないじゃねェかと小さく笑って、三人が釣りを始めた逆側の縁に寄りかかり、ぎゃーぎゃーと騒ぐその姿を眺める。
おれに気づいたウソップが、ぶんぶんと手を振った。
「ゾロ!今日の晩メシはご馳走だぞ!」
その姿を、不覚にも可愛いじゃねェか、とか思ったり。
柔らかな風にふわふわと揺れる黒髪に触れてみたいとか思ったり。
らしくねェと苦笑して目を閉じた。
「ぎゅーとかちゅーとか、してみたいんでしょ?」
「…あ?」
突然横からかけられた声に少し驚いて、いつの間にか隣に来ていた声の主を確認してから、フン、と小さく鼻を鳴らした。
「……は……アホか」
「顔に書いてあるわよ。って言うか」
「なんだ」
「だらしない顔」
「…うるせェな」
「あら、自覚はあるのね」
ケラケラと笑いながら隣に腰をおろすナミを横目で見る。
「……何しに来た」
「恋する男子をからかいに」
「…帰れ」
「あらぁ。そんなこと言っていいのかしら?」
「何なんだよお前は」
ニヤニヤと心底楽しんでいる風のナミの視線がウソップの背中を追いかける。
つられて視線を移すと、不意に振り向いたウソップと目が合った。
わたわたと慌てた様子で正面に向き直り、釣りざおを握り締める。
「誕生日、じゃない?ウソップの」
視線はウソップの背中から外さないまま、ナミが呟いた。
…こいつ絶対なんか企んでやがるな。
「…そうだな」
「なんか考えてるの?」
「なんかって何が」
「プレゼントに決まってるでしょ」
「あぁ…いや、何も」
ここ何日も上陸していない上に、何をあげていいのかも分からなくて、結局何も準備できなかった。
「金もねェしな」
「あら、言ってくれれば貸してあげたのに」
「…お前からはもう借りねェ」
「いーけど。…ねぇ、教えてあげよっか?」
「…何を…」
「ウソップが今一番欲しいもの」
「なんでお前がんなモン知ってんだよ」
「見てれば分かるわよ」
「…言ってる意味が分からねェ」
ため息をついて腰をあげようとしてふと前を見ると、肩越しに覗き見ていた様子のウソップと目が合う。
あわてて視線を逸らすウソップに首を傾げた。
「ほらね」
座ったままおれを見上げたナミが勝ち誇ったように笑った。
「だから…」
「いーから座りなさいって」
ナミに促されて、渋々座り直す。
「聞く気になった?」
「…金はねェぞ」
「安くしとくわよ」
「お前な…」
「はい、毎度あり」
返事も聞かずに勝手に決めたナミが、おれの肩に肘を乗せて、耳元に口を寄せた。近すぎる距離に思わず身構える。
「…何の真似だ」
「いーからいーから。ないしょ話だもの。普通でしょ」
ほら聞くの聞かないの?
ぺし、と肩を叩かれて、やれやれと耳を貸した。
「…………」
「…冗談にしちゃ笑えねェな」
「信じる信じないは自由だけど」
おれの肩に肘を乗せたまま、にっこりと微笑む。
「見てれば分かるって言ったでしょ。あんたも…あっちもね」
そう言って再び視線をウソップに向けた。
釣りざおは海に垂らしているけれど、チラチラとこちらを気にして覗き見る様子から、釣りになんか集中していないことが分かる。
がしがしと頭を掻いて、持っていた釣りざおを隣のルフィに預けると、立ち上がってくるりと振り向き縁から飛び降りると、どすどすと音をたてて歩いてくる。
あらら、ちょっと刺激しすぎたかしら。
ぼそりと呟いたナミがまあいっか、と笑った。
「じゃ、そういうことだから」
ばしっと強く肩を叩いて立ち上がったナミが捨て台詞を残して去って行く。
「根性見せなさいよ」
ナミと入れ違いで目の前に立ったウソップは、ぎゅっと拳を握り締めて、眉毛は八の字に下がっていた。
今にも泣き出してしまいそうなその顔と、耳元で囁かれたナミの言葉が重なってぐるぐると回る。
「…あの、さ。ゾロ」
「どうした」
「…あの…」
「……座るか?」
「…や、いい」
「そうか」
「…うん」
ふわふわと宙を泳いでいた丸い目が一度閉じられて、ふう、と大きくひとつ息を吐いてから、意を決したように開かれた。
「ゾロ、おれ…」
「ウソップ」
何かを言いかけたウソップの言葉を遮って、その腕を掴んだ。
「…ゾ……」
頭の中で繰り返す、ナミの言葉。
ウソップが一番欲しいもの。
ナミの言葉が嘘じゃないのなら、ウソップ本人の口から聞いてみたい。
「…お前が今一番欲しいものってなんだ」
「…は…?」
「誕生日だろ」
「…別に、なんもいらねェ」
「嘘つくな。言えよ。…それを言いに来たんだろ」
「………ゃだ。やっぱ言わねェ」
「ウソップ」
「……一番欲しいものは、手に入らねェようにできてんだよ」
「そんなの分かんねェだろ。試しに言ってみろ」
「……言ったら…くれんのか?」
「おれがお前にやれるものだったらな」
「……多分、ゾロからしかもらえない」
「なら、やるよ。お前に、全部」
「………」
「だからちゃんと言え。…何が欲しい」
「……っ、……ロ…」
腕を掴んでいたおれの手に、ウソップの手が重なった。きゅっとおれの手を握る細い指を握り返す。
「…ぞ、ろ」
「ああ」
「…ゾロ、が欲しいって言ったら」
「言えよ。全部お前にやるって言っただろ」
「……っ、なんで」
「さっきおせっかいな魔女が来てな」
「…は?」
首を傾げるウソップに苦笑して、握り締めた指を軽く引いた。
「ウソップが一番欲しいものを無理矢理教えていった」
そのまま引き寄せて、膝の上に座らせる。
「…ちょ…っ…ぁの……」
居心地が悪そうにもぞもぞと動く、その頭をぽんぽんと撫でた。
想像よりも柔らかな黒髪に触れたとき、ふわりと肩が軽くなった気がして、柄にもなく緊張していたようだと思わず笑った。
膝の上で硬直したままのウソップが首を傾げる。
「…なに笑ってんだよ」
自分が笑われたと思ったのか、赤い頬を膨らませて拗ねたような表情を見せる。
それは、一気に縮んだ二人の距離と相まって、今まで押さえつけていた理性だとか、そういったものを全部吹き飛ばしてしまう程の破壊力で。
「これじゃどっちがプレゼントもらったのか分からねェな」
「は…?」
相変わらず固まったままのウソップの頬に手を伸ばす。びくりと震える細い肩、ぎゅっと閉じられた目。
真一文字に結ばれた唇の端に、そっと口づける。
耳の裏側まで赤くなったウソップが、あの日と同じようにふわりと微笑んだ。
その視界の片隅。
二階のデッキから眺めていたおせっかいな魔女が、笑いながら親指を立てているのが見えた。
END