rkrn

□金色夜叉
1ページ/1ページ

「どうして私に何もおっしゃってくださらないのですか?」
「私に至らない所があるのならなおしますから」
「お願いします」
「権兵衛さん」


「…ごめんなさい。」

彼女はそう言って、あの月夜に消えた。

結婚を誓い合ったのに、急に奉公へ出て
その先で別の方と結ばれてしまった彼女。
信じられないと彼女の奉公先へ行くと
既に大きな屋敷の中で彼女はいた。
私が押しかけ、問い詰めるほど彼女は苦い顔をしたが、何も答えなかった。


未来永劫、今月今夜のこの月を
私の涙で必ず、曇らせてみせます。
私は彼女の背に叫んだ。
彼女は立ち止まって、振り返らずに
曇らない来世で結ばれましょうぞと呟いた。

 
風の音は完全に私の中で鎮まった。



 
誰にも触れたくなかった。

貴方以外を愛する自分が、
汚らわしく思えたから。
貴方以外を愛するのなら、毒をもったから。
私は自分勝手にも、自害した。

それから長く長く、眠ったり、起きたりして、
幾度も違う形であなたに出会い、破局しては
死に、生まれ変わり、自分自身の魂が
擦り切れるほど、風化を待っていた。

あの時代から、今に至るまでは、
そう長くなかったように感じる。



 今年もあの日がきて、私は権兵衛は
別れてしまうのでしょうか。

彼女はやはり私の教え子で、
ここでは29年目の人生の中出会った。
高校一年生の彼女はやっぱり変わらず
無邪気な笑顔、純真無垢で時代錯誤な
優しさを持っていた。
決して交わる事はないと知っていながらも
私は何千回目の過ち、
常に視線の先に彼女を置いていた。

いつの世でも、権兵衛が私の
唯一神であったから。

 私は校長に呼び出されてやっていた
書類整理を終わらせ、
帰宅しようと職員室から出ると、
まだ私の教室で明かりがついているのが見え、
立ち寄った。

教室の中では権兵衛が机を漁っていた。


「…何を、やっているんですか?」
「あっ、斜堂先生…!
すいません、本を忘れちゃって…」

権兵衛は申し訳なさそうに、机から
一冊本をだして言った。
私が遅くならないでくださいね、と言って
帰ろうとすると引きとめられた。

「先生っ…あ、の…
一緒に、帰ってもいいですか?」
「…貴女が、嫌でなければ。」
「嫌じゃないです!良かったあ…!」

彼女は嬉しそうに、私のそばに近寄った。
私は。
私は、複雑な気持ちだった。
これまでは彼女と今日まで付き合い、
そして今日で別れていたのに。
何かが、変わることを祈っていた。


「先生…。」
「なんでしょう。」
「先生…あの、先生って、好きな人とか
いますか?」

「…ええ。」

「えっ。そうなんですか…。」
「…権兵衛さんは、いらっしゃるんですか?」

彼女は意を決したように私を見た。
何もかも変わらず、あの優しい瞳で
一生懸命見ている。
抱きしめたくて、仕方がなかった。

「斜堂先生の事が、好きです。
ずっと、昔から、貴女が好きでした」

「…昔…?」

権兵衛はたじろぎながら、
説明しにくいんですがと言った。

「…信じなくってもいいんですけど、
昔、私は貴方と婚約していました…
けど、家が貧乏で、良家の方に結婚を申し込まれ
家の為に私はそちらに嫁ぎました…。
後日、噂で貴方が…自害したと聞いて…
私、ずっと…謝りたくて…影麿さん」

彼女は大きな、真珠のような涙を
ぽろぽろと流しました。
私もそれにつられて彼女の頬を撫で
覚えていますよ、と彼女に言った。

「何もかも、あなたの事は覚えています」

言い終わらぬうちに、耐えきれず彼女の肢体を
腕に抱きしめ、同じように涙を流した。
この世では、
家も、身分も気にすることはない。

「遅くなって、ごめんなさい。
今生では貴方と」
「ええ、結ばれましょう。」

私は頬に口付け、彼女に囁く。
彼女の肩越しにふと空を見上げた。
ああ、今日はなんていい満月の夜なのでしょう。

金色の鞠は、濃紺の空で優しく、
光を降り注いでいた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ