Short置き場

□甦り、仲直り。
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あ。
そう思った瞬間、口に銜えていた煙草の灰が落ちた。


甦り、仲直り。


やってしまった。
後悔しても、もう遅い。


忙しい平日が終わり、やっと得た休日。

久し振りに、仲の良い友達にメールをしよう。
何の前触れもなく、そう思った。

『元気?』とか『今何してる?』――平凡で、たいした内容でもないけれど。


本文を書いてから、電話帳から友達のアドレスを探す。
ありそうでない名前だから、すぐに見つかった。

けれど、ボタンを押してみたら、一つずれていたらしい。
慌てて変更しようとしたら、それは送信ボタンだった。

どうしよう、と頭が真っ白になっている間にメールは送信されてしまった。


あーぁ。
やってしまったなぁ。

学生時代、私が勝手に傷ついて、それが余計に腹立たしくて自分勝手に心の傷を抉ってしまったあの子。

そういえば、元気だろうか。
でも、メールが届いてなければいいな――とも思った。

今更、何を話せと言うんだろう。
話す事なんてないのに。


そんな事を考えている内に、ケータイが鳴った。
画面にはあの子の名前がある。

恐る恐るメールを読んでみると、変わりはないようだった。

『久し振りだね。元気だった?』

絵文字も顔文字も使わないあの子は、手紙みたいなメールを送ってきた。
それは、昔も今も変わらないらしい。

いや、そんな事もないのかもしれない。

久し振りだから――私だから、手紙みたいなシンプルなメールなんだろう。

あの子も、何を話したらいいかわかんないんだ。
きっと。たぶん。

『元気だよ』

それだけ打って、返信する。


こんなやり取りは、久し振りだ。

昔は、あんなにたくさんしてたのに。


でも、それを変えてしまったのは私。
それを今更懐かしんでるのも、私。
あの時を思い出して、胸が痛いのも――もちろん、私。


きっと、あの子も傷ついてる。
私なんかよりも、もっと。
もっと、もっと、もっと深く――心臓の近くまで傷は深い気がする。

元々傷ついて弱っていたあの子に、追い打ちをかけたんだから。


なんで、あの子のアドレスを消しておかなかったんだろう。
わからない。

でも、きっと昔の私は、あの子から謝罪の言葉が来るのを待っていたんだろう。
自分が勝手に傷ついただけなのに。

謝らなければいけないのは、むしろ私なのかもしれない。

学生の時は、余裕がなさすぎた。

予定がびっしり詰まった忙しい部活に入部しているせいで、休む暇なんてなかった。
今よりもずっと。

でも、部活が楽しくてしかたがなかった。
燃えて、燃えて――結局、灰になる。

周りが見えていたつもりでも、今思えば全然見えていなかった。

視野が狭い。

目の前の人間しか、見えなかった。
自分と同類の人しか。

傷ついて休みがちになった彼女の事を、視界から外した結果がアレだ。


せっかく、あの子があいさつしてくれたのに、返さない。
言葉で謝ろうとしてくれていたのに、その隙を見せなかった。
言葉じゃできないから、と態度で示してくれたのに、視界に入れなかった。


昔を思えば思うほど、胸が痛くなる。

それが正しいと勘違いしていた自分が恥ずかしい。

罪悪で胸が、心が、体が貫かれるみたいに、痛い。苦しい。

そのうちに、だんだん鼻の奥がつんっとしてきて、涙が零れてきた。


ピピッ、と設定していない着信音で、現実に引き戻された。

画面には、もう一度あの子の名前。

『良かったよ。元気そうで』

やっぱり変わらないあの子の文。
でもよく見れば、まだ下にスクロールできた。

何行改行したのだろう、と思うほど長い

やっとの事で辿りつくと、書かれていた文に思わず目が大きく開いた。

『また、逢いたいな。ねぇ。もし、許してくれるなら、今度遊びに行ってもいい?』

明らかに、読まれない事を想定して――でも、読んでくれたらいいのに、そんな感情を込めた本当にあの子らしい仕掛け。

久し振りのサプライズに、目尻が熱くなった。


メールを打った。
それから、すぐに出かける準備をする。


あの子はどう受け止めてくれるだろうか。

『元気だよ。ピンピンしてる。ごめん、今から遊びに行く』

こんな突然過ぎるメール。
自分勝手にも程がある。でも、そんな気分だった。


私は卑怯で憶病者だから、謝れない。

謝る言葉が、まだ見つからない。

でも、いつかちゃんと言うから。
それまでは、態度で示させて。


いいよ、の合図。
ごめんなさい、の合図。
今言えない分、ちゃんと示すから。

だから、私はあの子の家に向かう。
昔、ほんの数回行った程度だけど道は覚えていた。

あ。
でも、住所が変わってなければいいな。



END
(2010.06.24)

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