Short置き場

□光に侵される
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渇いていく。

喉が。
血が。
体が。

まるで吸血鬼みたいに、渇いていく。

太陽の近くにいすぎて、渇きがおさまらない。

でも、離れたくなかった。
手放したくない。

だから、今日もボクは彼女の隣にいる。



光に侵される



突然、暗い視界に光がさした。

「おはようございます! 怪我、大丈夫そうですか?」

にこり、と太陽の光に照らされながら、彼女は笑顔を向けた。

邪気のない、底抜けの明るい笑顔。

あまりの眩しさに目を細めながら、ボクは挨拶を返した。

「おはよう。怪我の方は、まだ左腕が痛むだけで他は大丈夫だよ」

右腕に巻かれた包帯を外しながら、心配そうに腕を見つめていた彼女に答える。

少しばかり傷跡が残っているが、出血の心配はもうない。

「よかったぁ。あ、でも包帯は一応変えますね」

そう言って、彼女は救急箱から包帯や消毒液をとりだした。

傷跡が残っている右腕も、左腕も、丁寧に治療してくれる。

消毒液が滲みて痛い、という事はない。
しかし、彼女の人柄は、痛いほど心にしみた。

一通りの治療が終わると、彼女は満面の笑顔を向けてから扉を閉めた。

この辺りではとても名の知れた劇団に彼女は、看板歌姫として所属している。
朝から晩まで、人々に夢や希望を与えている彼女は、気の休まる暇がほとんどない。

しかし、そんな中、彼女は朝と晩に世話をしに来てくれる。
ご飯と包帯の取り換え、それと軽い雑談をするためだけに、彼女はこの劇団の屋根裏部屋を訪れる。

何故忙しい彼女が、それだけのためにここに来るのか。

それは、まだ記憶に新しい一、二週間前へと遡る。


いつものように、路地へアソビに出かけた日。
負けるハズがない、と天狗になっていると、遊び相手にナイフで切りつけられた。

間一髪で避ける事ができたものの、腕には切り傷がしっかり残っている。
真っ赤な血が重力に引き寄せられて、腕をつたって落ちていく。

珍しい自分の血をじっと見つめていると、複数の靴音が飛び込んできた。

見てみてば、お堅い制服を着こなした騎士が周りを取り囲んでいる。
どうやら、いつのまにか城の中に入り込んでしまったらしい。

そういえば、やけに高い柵を飛び越えたような気がする。

さっきまで遊んでいた相手を探すと、背の高い騎士の後ろに隠れ「先輩」と呼んでいる。

なるほど。

上手く誘いこまれたものだ。

路地から仲間のいる城まで、ボクを誘い込むなんて。

傑作だ。

思わず、声に出して笑ってしまった。
すると、その姿がとても異様だったのか、騎士たちが一斉に剣を構え直した。

王宮付きの騎士となれば、そこら辺のゴロツキみたいに簡単にはいかないだろう。
狙われる事が多い王族の警護なのだから。

簡単に殺されては、役に立たないハズ。

さて。
じゃあ、ボクなら何秒で殺せるかな―……。


――この考えが甘かった。

さすがは王族仕えの騎士、と称賛するべきだろう。

一人一人の能力値が高い。
そのうえ、見事な連携で攻撃されては、少し厄介だ。

結局、逃げるしかなかった。

油断していたボクが悪い。

しかし、避けても別の方向から斬りつけられ、気がついた頃には体が血まみれだった。

視界も少しぼやけ始めている。

快楽を取るより、ボクは命を取った。
快楽なんて生きて遊んでいれば、いつでも得ることができる。

だから、逃げた。

さっきよりも早く。
全速力で。

路地を抜け、人目につかないように街道を抜け、また路地へ……。

そろそろ限界だ。

視界が霞んで、全ての景色が二重に見え始めてきた。

最後に人影を見たきり、ボクの意識は途切れた。
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