Short置き場

□想いは切なく儚く、嘘を吐く
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――バレンタイン前日、学校が浮き足立っていて落ち着きがなかった。

「桜和(ゆと)、チョコどうするの?」
「どうもしないよ」
「え……傘天(かさの)は?」
「義理に決まってんじゃん」
「ちょ……っ!桜和!?」

拒否しても追求しようとする友人を振り切って、私は家路を急いだ。
これ以上、あんな思いをもうしたくないから。
これ以上、その記憶を思い出したくもないから。


想いは切なく儚く、嘘を吐く



Act.1 : 嘘の始まり


三年前、バレンタインの日に私は一大決心をした――バレンタインを口実に傘天に告白をする、という。
ありがちで定番なイベントだけれど、こんな時くらいしか私には素直になるチャンスはないのだ。


「柑立(かんだち)」

短く名前を呼ばれた。
緊張し過ぎてギクシャクしながら振り向くと、相変わらずの無愛想で突っ立っている傘天がいた。

「か、傘天……遅かったね。何かあったの?」
「アイツらに絡まれた」

すごく嫌そうに傘天は言った。たぶん、その原因は斉内たちだと思う。
傘天にここまで不機嫌な顔をさせるって事は、あいつらが何か逆鱗にでも触れたんだろう。
バカだなぁ、あいつら。そう心の中、鼻で笑ってやった。

「――で、何の用?」

その一言で現実に引き戻される。
しまった――本来の目的を果たさなければ。
こんな時しかないチャンス、もうしばらくは廻ってこない。

「え?あ、用っていうのは――」

そう言って、鞄から白色の箱を取り出した。中身はもちろん、気合いをいれて作ったトリュフ。
箱の色が白色なのは、ピンクだといかにも『本命です』みたいな雰囲気が嫌なのと、逃げ道を確保するため。白ならいくらでも逃げることができる。上手くいけば本命だと、ダメなら義理だと言って逃げればいいんだから。
なんてズルイんだろう――昨夜、チョコを包みながら自嘲したのを覚えている。

「――あのさ、チョコなら、俺好きな奴がいるから……」

思いっきり体を何かで刺されたような衝撃に襲われた。
渡す前に言われたら、もう決定的じゃないか。
どうしよう……――泣きそうだ。悟られちゃいけない。はやく、早く用意した逃げ道に逃げ込まないと……。

「――だ、だよねぇ。ま、せっかく作ったからさ。友チョコという名の義理をあげようと思ってね」

チョコを強引に押し付けると、鞄を引っ掴んで傘天の横を通り過ぎた。
もちろん、顔を見ないように視線をずらす事を忘れずに。

「あ、いらなかったら捨てていいからね」

あえて振り向かずに言った――自分が一番相手にしてほしくない行為を。
その後は、逃げるように走って教室を出た。あの場にはいられない。いたくなんか、なかった。


あんな思いはもうしない、と思いながらあの後も同じ台詞を捨ててチョコを渡す――友チョコという名で嘘を吐いた本命のチョコ。我ながら未練たらたらで困ったものだ。
――でも、もうやめなければ。だから今年は準備なんて一切しない。チョコは渡さない。
これは一種のけじめだから。
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