Short置き場

□Cat in Umbrella
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にゃぁ、にゃぁと声音の違う声が、大粒の雨音に掻き消される事なく、私の耳に届いた。

そこには、四匹の黒猫が寒そうにお互いに擦り寄っている。

箱には『拾ってください』の他人任せの文字。

どうしよう。

鞄と傘によって両手は完全に塞がっている。
かといって、猫好きとして、この子達を見捨てるわけにはいかない。

家はすぐ近く。
中身が濡れる覚悟ができたなら、後は走るだけ。

「ごめんね」

そう謝り、傘を置いて猛スピードで走った。
もちろん、鞄も制服も何もかも濡れながら。


新しい傘とタオルを持って戻った時、箱は猫と傘ごと消えていた。



Cat in Umbrella



憂鬱だ。

結局、昨日の猫は見つからなかった。
お気に入りの傘と一緒に。

その上、家に帰ったら鞄の中身はグチャグチャ。
時季外れのストーブを引っ張り出すわけにはいかず、一冊一冊ドライヤーで乾かす始末。
しかも、全部乾いていない。

現在、乾いていない教科書やノートは一番日当たりの良い部屋で天日干し中だ。

きっと、猫がいたなら、この気分ももう少し晴れていたのかもしれない。

けれど、それだけが理由じゃない。

今、目の前で滝のように降っている雨が、この憂鬱な原因の五割を占めている。

天気予報では、今日の降水確率は十パーセントのはず。
そして、その一割が運悪くあたり、容赦なく降っている。

昼頃までは、暑いほど照っていた太陽も、今ではすっかり分厚い雲の中。

安心しきっていたせいで、折畳み傘すら一本もない状態で茫然とたっている事になった。

雨自体は嫌いじゃない――むしろ、大好きだ。雨に濡れてもいいとも思える。
ただし、鞄を右肩に掛けている以上、二度目の悪夢はごめんだ。

ホント、憂鬱だ。

「桐幸喜」

ふいに呼ばれた声に振り返ると、満野が二本の傘を片手に持って立っている。

しかも、その二本の内一本は。

「ねぇ、何で満野が私の傘持ってるの?」

昨日、猫と一緒に消えてしまった――私のお気に入りの傘。

「あぁ。昨日、猫を拾った時にあったんだよ」
「まさか……」
「あぁ。ごめん。昨日見てたんだ。猫に傘を置いていくのを」
「なっ!?」

思わず大きな声が出てしまった。
それが下駄箱全体に響いて、反響する。

きっと本来なら、学校では見せない新たな一面を見られた、とかで慌てるはずなのだけれど、関係ない。

人の本性云々は興味ない。

それよりも、持って行った人間が問題だ。

クラス――いや学園内で一、二を争う女癖の悪さの持ち主、満野緋優が私の傘を持っているのだ。
失礼な話だけれど、彼が頭の中が空っぽな奴ならまだよかったのに。

見た目は、長い黒の前髪に黒縁眼鏡、一見して暗くて近寄り難い。

そんな彼がモテるのは、顔は二の次として、秀才、運動神経抜群、生徒会所属、というような要素を持ち合わせているためである。

そんな彼だからこそ、きっと、何か裏があるに違いない。

「そんなに睨まないでよ。別にたいした用じゃない」
「じゃあ……、何よ」
「何って、傘を返しがてら、デートのお誘いに」
「即答でご遠慮させていただきます。だから、さっさと傘を返して」

何がデートのお誘いだ。
軽いにも程がある。

そんな事をせずに、傘だけ返してくれればいいのに。

「そう言わず。昨日の猫、会いたくない?」

さっきまで眉間に寄っていた皺が、その一言で緩んだ。

猫に会うなんて、猫好きにはたまらないお誘いである。

心が揺れて止まない。

「そ、その……なんで?」
「猫好きなんでしょ? 見たくない?」

困った。
心が傾きそうだ。

さすが学年トップ、というところだろうか。
こういう悪知恵の準備を怠っていない。

猫を餌に、傘も彼の手の中。

そんな悪条件を突き出されては、残された選択肢は残り少ない。

「……み、見たい」
「いいよ。じゃあ、行こう」

抵抗する暇もなく、外に連れ出される。

頭の上には、私のお気に入りの傘。
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