SS置き場

□言の葉便り
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今日も僕は郵便受けを覗いて見る。

中には、新聞紙と広告、白い封筒と茶色い紙きれ一枚。

その中でも、白い封筒に胸を躍らせながら、中身を抱えて部屋に戻った。


言の葉便り


必要最低限の物しか置いていない僕のような男の一人暮らしは、とても質素で冷たい。
けれど、この手紙一つで一気に温度が上がったような気がする。

さて、手紙を開けてみよう……か――――。

『母より』

なんだ、母さんか。

部屋の温度が手紙を開ける前よりも下がった。

数か月振りの手紙。本来は喜ぶべきだろう。

しかし、その気にはなれない。

僕がずっと待っているのは、母さんからの手紙じゃない。

約六百キロ以上離れた所にいる大切な彼女からの手紙。

貧乏な学生である僕は彼女に会いに行けるだけのお金がない。

とはいえ、電話で連絡を取ろうとすると、互いに気をつかって掛けられなくなる。

そう考えると、手紙くらいしかなかった。

コツコツお金を溜めつつ、連絡を取るならこれくらいしかない。

それが、このところ途絶えてしまっているのだ。

口から出るのは、重い溜息だけ。

嗚呼。
今月で何十回目の溜息なんだろうか。


「――にいにぃ!!」

外で力強くドアを叩く音がした。抜けるよう
明るい声に、少しだけ元気が湧いてくる。

急かすようにだんだん間隔が短くなっていく。

そんなに慌てる必要なんかないのに。

「はいはい。今開けるから」

古いアパートだ。
床もドアも木製のため、軋む音は止まない。

ドアをキィ……と耳に慣れた音をたてて開けた。

「ゆーびんやさんデス!!」

近所の園児が黒い大きな帽子を被り、母親の物を拝借したらしい高級そうな鞄を、不釣り合いな花柄のワンピースの上からかけている。

郵便屋さんごっこか。

可愛らしいといえば可愛らしいが、付き合うこっちの身にもなってほしいものだ。
けれど、それに気にしないのが子供の特権だ。

「ありがとう。お兄ちゃんにくれる?」
「いーよー。これね、まちがってわたしのおうちにきてたんだよ」

まちがって、ねぇ……。

誰からだろう。

まあ、どうせ母さんに決まっている。
きっと出し忘れた手紙をいっぺんに出したんだろう。

紛らわしいったらありゃしない。

「にいにぃ。きょーはもうおうちにかえるね」
「あ、うん。どうしたの?」
「『らんどせる』をね、みてくるの! あっかいの、あかいの」

るんるん、とスキップしながら帰って行く。

あ。
もうそんな時季だったのか。

そういえば、周りはもう暖かい花の季節。

でも、僕はまだらしい。

雪が降りそうなくらい寒くて、花なんか咲きそうにない。
むしろ、雪が咲きそうな芽を隠してしまっている。


さて、差出人がわかりきっている手紙を読むとしよう。わざわざ見る必要もない。

中に入っていた分厚い紙の量に、正直驚いた。

母さん。こんなに溜めておくなよ。

思わず溜息が出る。

お金がない、とかはわかるけれど、これはさすがに……――。


嘘だ。

開いた口が塞がない。

読めば読むほど、視界が霞んで字がしっかりと読めない。

ピンポン、と明るい音がする。

手紙を置いて、慌ててドアへ駆けだす。
慌てすぎて、少しの段差に躓いてドアにぶつかってしまうほど。

「だ、大丈夫!?」

ドアの向こうで、懐かしい声が響いた。

ああ、やっぱり。

これじゃあ、逆じゃないか。

本当は僕が行くはずだったのに。

嬉しさあまって勢いよくドアを開けると、少し驚いた顔で彼女が立っていた。

「大丈夫。久し振り」

にこり、と笑顔を彼女に向けた。


――やっと僕にも来てくれた。

暖かい花の季節。

でも、まだ蕾だけれど。



END
(2010/04/03)

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