Short置き場
□想いは切なく儚く、嘘を吐く
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Act.2 : けじめの嘘
「――ち……柑立……。おい、起きろ。…………柑立……」
え、傘天の声だ。
そういえば、心透(りと)たちが帰るのを待ってる間に寝ちゃったんだった。
今何時だろう。
「――んっ……。ふぁあー……。あー、眠い」
起きてそうそう大きな欠伸と背伸び。色気の欠片もないな、と思わず思ってしまう。
そういえば昨日、考えすぎで寝不足なんだよねぇ。
「やっと、起きた」
あれ……。傘天の声だ。
そういえば、さっきも聞こえたような……。
あー、こりゃあヤバイなぁ。とうとう幻聴が聞こえるようになってしまったのか。
「――ホントにヤバイ」
「何が」
「あーまただ。いやさ、傘天の声が聞こえるなんて、ホントにヤバイで……しょ――っ!」
バチッと思いっきり目を開けると、目の前にはいないはずの傘天がいた――しかも、何故か不機嫌そうに。
え、なんかやったかなぁ。
いやいや……。それ以前に、今の独り言を聞かれてることに焦ったほうがいい。
「おはよう。で、何で俺の声が聞こえるとヤバイわけ?」
「え……えっと…………」
慌てて眼を逸らした。でも、視線が痛い。突き刺さるみたいに、冷たい視線が痛い。
どうしよう、どうしようどうしよう。誤魔化し方はたくさんあるはずなのに、今はその言葉が出てこない。
「――そ、そりゃあ、いない人の声が聞こえるとか相当危ない人じゃない?」
苦し紛れに出たのが、限りなく事実に近い言い訳だった。
ちょっと、もう少し他に言い方があるでしょ、と後悔したくなる。
しかし言った後で思えば、それが地雷にならないとも限らない。
「……ま、そういうことにしとくよ。でさ、今年はくれないわけ?」
「何を?」
危機はなんとか回避できたのに、一難去ってまた一難。
嫌な予感が当たらないことを祈ろう。あってはならない。私の妄想が現実に起きるなんて、あってはならないのだから。
「バレンタインの友チョコという名の義理チョコ」
当たった。私がいつも渡す時に言うセリフを、一言一句間違えずに。
でも、なんで……。
「ない」
――なんで。
「なんでないの?」
「なんでそんな事を聞かれて答えなきゃいけないのさ!!」
あまりの大きさに自分自身驚いた。傘天も目を大きく見開いてこちらを見ている。
声が静かな教室に響く。
「何で、って……。柑立からのチョコが欲しいから」
「だからっ、ないって言ってるじゃん!!」
「じゃあ――」
傘天の顔が急に近くなった。
何――何をするつもりなのさ……。
「こっちを貰うから」
「なっ、やめ……――んっ!」
強引に唇を重ねられた。
抵抗しようと傘天の胸板を必死に叩くけれど、びくともしない。こんな時、男女の違いがすごく腹立たしく思える。
だけど、女の私が唯一座りながらできる最後の抵抗。
「――っつぅ!」
思いっきり足の脛に蹴りをいれてやった。予想通り、傘野の体が離れる。
その隙に、と逃げた。鞄とか持つ暇なんてない。そんな暇があったら、傘天に捕まってしまう。
だから、全速力でどこに向かうかも考えず――ただ、がむしゃらに走った。