Short置き場
□シャープペンシルくんとボールペンちゃん
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しかし、このままでは彼が悪いという形で終わってしまう。
それだけは避けたい。
マスターに自分を使ってもらえなくなってしまう。
今、目の前で不敵な笑みを浮かべている彼女に対して言い返せる言葉を探す。
ようやく辿り着いた結論だが、はたして上手くいくのだろうか。
いや、まちがいなく言い返される――それも、倍の威力で。
しかし、何も言わず敗北を味わうよりはマシだ、と絞り出すように言葉を紡いだ。
「――お、お前なんか、書いたら最後だろ。時間と手間のかかる修正ペンで消さなきゃなんねぇじゃん」
やはり――というよりは、予想通り、彼女は笑みを深くした。彼を嘲笑うような意味合いを含めて。
「何言ってるんだか。あんた、流行遅れじゃない? 今は消しゴムの摩擦熱で消せる特殊インクのボールペンができてるの。あんたみたいに単色でもないし、便利なのよ。私は」
聞き捨てならない。
どうやら、彼女は彼の地雷を踏んでしまったようだ。
殴りかかるような勢いで彼女の胸倉を掴んできた。
「ナメんじゃねぇぞ! 俺だってな、色のバリエーションがあんだよ。赤に青に緑、学生に必要な最低限必要な色が三色揃ってんだぞ。お前みたいに専用のボールペンを買わなくて済むんだよ。しかも、本体と芯さえあれば問題ねぇんだ。いちいち買わなきゃ使えないお前と違ってコストもそんなにかからないうえに、地球に優しいんだよ!」
これには、彼女も反論しにくいらしい。言葉が出ずに口を開閉させる。
痛い所をつかれてしまたのだ。
『金がかかる』、『環境に悪い』は彼女にとって最大の弱みである。
基本的にインクの入れ替えをしない彼女は、一本一本に金がかかるうえに使い終わった物はゴミになるため、環境に悪い。
言い返すための札はあるが、弱い。
出したとしても、新しい札を出されては意味がなくなってしまう。
しかし、弱気なままではいけない。
強気な態度を示さなければ、調子に乗って立場をひっくり返されてしまう。
パシン、と乾いた音をたてて、彼女は手を叩いた。
「そ、そんな事ないわよ! あなた知らないの? 今じゃあ、自分でカスタマイズできる多色ボールペンがあるのよ。好きな色を選べるし、容器さえあれば、また好きなようにカスタマイズできるのよ」
「そうか? たしかに好みでカスタマイズできるが、結局はゴミになるじゃねぇか。しかも、それだとおまえの売りであるコンマ二以下の細さは無理だよなぁ?」
口角が意地悪く吊りあがっている。
おそらく、まだ札を隠してあるのだろう。
――しかし、彼にそんなモノを用意するだけの余裕はない。
全て行き当たりばったりで、言い返しているのだ。
自分が落ちないよう、二人とも必死で言葉を探す。
「別に……それだけが売りじゃないわよ」
「へぇ。まぁ、俺も太さが変えられるのがあるしな。コンマ以下からコンマ以上の種類で」
ギリギリながらも、余裕を見せるため、彼は怪しく笑う。
立場が逆転し、押されぎみだが、彼女はあくまでも、強気な態度をとる。
互いにプライドを守るために、二人は言葉を探す。
そして、二人は同じ答えに辿りついた。
「あんたなんて、芯がなければただの容器じゃない!」
「お前なんか、インクがきれたらただの棒じゃねぇか!」
同じ答えを、同じタイミングで二人は言い放った。
しかし、それはどちらにも地雷でしかない。
「――もう頭にきたっ!」
「こうなったら、マスターに決めてもらおうぜ」
「そうね。どちらが使いやすいかしら」
互いに睨みあい、火花が音をたてて散る。
「マスター!!」
二人同時に、マスターの方を向く。
そこには、終わりそうにない課題の山を片づける先程と変わらない光景がある。
しかし、マスターの手に握られているのは――……。
「え、鉛筆!?」
二人ともショックで声が裏返る。
「――どうしたの? あ、これ。鉛筆がどうかした?」
「シャーペンでもなく」
「ボールペンでもなく」
「うん。鉛筆」
あっさりと笑顔で答えるマスターに、二人は糸が切れたように床に座り込んだ。
さっきまでのテンションはどこへいったのやら。
真っ青な背景が見えてしまいそうなほど、二人は落ち込んでいた。
「――マ、マスター。一応聞くけど、シャーペンとボールペンの欠点は?」
「おまっ! それ聞くのか!?」
「え。そんな、欠点て言われても……」
口をへの字に曲げたマスターに彼は一瞬安堵したが、「あ」と何か思い出したマスターに落胆した。
「しいて言うなら、あれかな。スペアを用意しておかないと、面倒」
自ら傷口を広げた彼女は、今にも魂が抜けそうな落ち込み方で、どこか遠くを見つめている。
しかし、マスターに他意はないのだ。
たまたま、色を塗るのにとった物が鉛筆だっただけ。
ただ――それだけ。
END
(2010.03.03)