Short置き場

□Cat in Umbrella
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「きゃー!!可愛い!」

満野くんが玄関を開けた瞬間、黒猫が駆けよって来た。

そのあまりの可愛さに思わず、猫を抱き締めてしまうほど。

猫は嫌がって暴れる事もせず、大人しく腕の中に納まっている。
そこへ彼が猫の首筋を撫でてやると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。

「いーなぁ。あ、他の三匹は?」
「いるよ。奥の方でじゃれてるんじゃない?」
「ホント? 上がってもいい?」
「いいよ。そのために来たんじゃないの?」

頭の中は猫一色。

嬉しくて顔が緩みっぱなしだ。
部屋に着くまで眉間に皺を刻むほど顔が強張っていたのに、猫を見たとたんに顔が緩んでいった。

満野くんに案内されて子猫三匹を見つけると、もう彼が視界に入っていない。

猫めがけて一直線に掛けて抱きしめる。

「可愛いなぁ。ホント可愛い」

頬ずりしたり、抱きしめたり、撫でたり。

衝動が止まらない。

「本当に猫好きなんだ」
「当り前じゃない。好きじゃなきゃ、満野くんの家までのこのこ着いて来ないわよ」
「へぇ。あっそ」

まるで吐き捨てるような適当さで答えると、彼は背を向けて部屋の奥に消えていった。

何だったんだろう。

自分から呼んだくせに。

「はい。ホットミルクで良かった?」

すっ、と横から湯気を立ててカップを差し出された。

甘ったるい匂いが鼻を霞める。

「あ、ありがとう……」
「いいよ。無理に呼んでおいて何にも出さなきゃ悪いし」
「あ、あっそ」

さっきの口調を真似て言ってみた。
似てもいないけど。

なんとなく癇に障ったから、とりあえず。

口を尖らせながら、カップに口を付ける。
ホットミルクは、甘くなかった。
義務で出すような飲み物に、甘さは一切ない。

視界の隅で、同じように貰ったミルクを猫がおいしそうに飲んでいる。
正直、うらやましく思えた。

だから、つい口に出てしまったんだ。

「甘くない」

しまった、と気づいた時にはもう遅い。
彼は立ちあがって、私からカップを取り上げた。

「あ、ちょ……」
「なに、甘党なわけ? 角砂糖いくついる?」

捨てるんじゃないんだ、と安心したのもつかの間、意外な言葉に驚く。

あんな不満を漏らしたのに、砂糖を追加してくれるなんて。

「いや、あの、ちょっと……」
「はっきりしないなぁ。まぁいいや、自分で調節してよ」

そう言ってさっきと同じカップと角砂糖が入っているらしい容器を持ってきた。

渡されたカップはさっきよりも、暖かい。
淹れなおしてくれたのだろうか。
その優しさに、思わず顔が綻んだ。

「砂糖、暖かいと溶かしやすいでしょ」
「うん。ありがとう」

素直にお礼が口に出た。
さっきまで尖ったような態度だった自分が、少しおかしく思える。

満野くんも驚いたらしい。
狐につままれたみたいに、目を見開いている。

「何かおかしい?」
「別に、おかしくはない。素直にお礼を言われたから、びっくりしたんだ」

さっきまでの私なら、きっと何よと怒っていただろう。
でも、そんなに気はならなかった。

不思議と、笑みが零れた。

「あ」
「え? どうしたの?」

小さく洩れた声が耳に届く。

満野くんが笑顔でこちらを見ている。

「初めておれに笑ってくれたな、って」

おれに、という単語が脳内で響いた。
少し気恥ずかしくなって目線を逸らす。

そう言えばそうだ。

今までは、クラスすら違うから今日話したのが初めてになる。
けれど、警戒心を剥き出しにしていた私は笑いもしなかった。
この部屋に来ても、猫をひたすら愛でていたわけだし。

「そ、そういえば、そうかもね」

照れ隠しで、もう一度尖った私が現われた。

きっとさっきもそうだったのかもしれない。
警戒していただけに、優しく接されるのが気恥ずかしかったんだ。

「ね、ねぇ。また、猫に会いにきてもいい?」
「猫に、ね……。――いいよ、また誘ってあげる」

上から目線な物言い。

少し腹が立つけれど、次が楽しみでしかたがないのも事実。

改めて暖かいカップに角砂糖を入れた。
今度は、とても甘くておいしかった。
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