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□幸福な望み
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「お願いします沖田さん、お薬を飲んで下さい」
「しつこいなぁ…さっきから嫌だって言ってるのが分からないの?」
苛立ちを含んだ声で素っ気ない態度をとる沖田
そんな沖田に内心めげそうになりながらも「飲んでもらわなきゃ」と自ら渇を入れ、絶対に良くなりますよ、お願いしますと懇願を繰り返す千鶴
そんな千鶴の様子を見て
「薬を飲んでも一向に治る気配なんて無いよ」
沖田が鋭い眼光で千鶴を見据えながら、そう言えば千鶴は「それは…」と言葉につっかえる
暫し沈黙が続く、外で聞き逃してしまいそうな風に揺れる草木の音が耳に心地よい
その音に少しばかりか沖田は落ち着き、
「…今の僕はきみにとって何の利益にもならないよ」
「そんなことありません…っこれからも沖田さんは危ない時、私を守ってくれます」
千鶴が発した言葉に沖田は、じっと千鶴を見据えて怪訝そうに眉を潜め憤怒しているように一旦は見えるが、瞳は酷く光を失い、どこか藻どかしそうな苦しそうな表情を浮かべ
「ねぇ千鶴ちゃん」
「は、はいっ」
突然の呼びかけに少し戸惑いながら返事した
「守れるとか守られるとかさ、それは今の僕には遠い望みだね…幸福な望みだよ」
「…え?」
沖田の予期せぬ言葉に千鶴は困惑する
そんな千鶴をみながら
「守る、守られるってことは、可能にするだけの力が、まだあるということなんだから」
「………あ…」
「土方さんとかは言えるけどね……まぁまだ刀は握れるけど以前のような戦いも出来る訳じゃないし…僕には守れるか分かりやしない」
悔しそうな声が千鶴の耳に痛々しい程に響く
「人を守るどころか近藤さんの剣として……人を斬れることさえ、曖昧なのに」
「あ、の沖田さ「……ごめん千鶴ちゃん出てってくれないかな?」
パシッと伸ばされた千鶴の手を拒否した
「…っ失礼、します……っ」
障子が閉まりパタパタと足音が遠ざかっていく
布団の横に置いていかれた包まれた薬を大事そうに手に取り、彼女の温もりを感じとるかのように額にあてた
「ははは、守ってくれる、だって」
天井に目を向けながら空笑いをして
「そんなこと、守れることが可能な僕なら、どんなに良かっただろう…」
幸福な望み
(少し前までの当たり前だったものは、いつしか遠い遠い望みとなりました)
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当たり前だったことが段々出来なくなって途絶えてしまう苦しさや藻どかしさは辛い気がする…