作品

□きょうだい
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■2:彼の名はマル

 マンションに連れ帰り、どうしたものかと思案する。
 レトリバーの子犬だ、当然だがエミよりも小さい。しきりと辺りの匂いを嗅ぎまわっているのは、犬が不安なときにやる行為の一つだ。
「警察だな」
 私はひとまず警察に電話をして、迷い犬を拾ったこと、犬種と見た目を告げた。
 電話を終えると、エミが子犬にまとわりついていた。
「エミ、いじめるなよ?」
 エミがジロジロ見るので、子犬はすっかり怯えている。
「犬などいじめるものか」
 エミはフンと鼻を鳴らした。「弱々しい奴だ」
「知らない人間に、知らない場所に連れてこられたんだ、不安だろう。まだ子供だ」
 近寄っても逃げないし、触っても怒ったりしない。けれど、ずっと震えている。飼い犬なのは間違いない。
 とりあえず水とトイレを用意した。
「エサは……何を食べるんだこの年齢?」
 インターネットで調べて、いろいろ試す。市販のものも用意してみたが、子犬は興味を示さなかった。
「構うことはないぞ兄弟、食いたくなったら食うだろう」
 エミは子犬を睨みつけた。
「そうだな、あと、お前が食うな」
 子犬に与えるバナナをエミが横から奪うので、私はエミの尻を叩いた。エミは怒って飛びかかってきたが、適当にあしらった。こう見えて、エミが真剣に怒ったら適当にあしらう程度では済まないので、加減はしているようだ。
「捨てられたのかなぁ」
 私は子犬の背を撫でた。少し、震えはなくなってきた。病気というわけではなかったようで、安心した。
「捨て犬だったらどうするのだ?」
「ウチで飼うか、里親を探す」
 私が即答したので、エミはつまらなそうにボヤいた。
「そこまでするのか?」
 私が子犬にかまってばかりなので面白く無いのだろう。
 けれど、私は頷いた。
「する」
 そして、子犬を抱き上げた。
 子犬はやはり不安そうに鼻を鳴らした。
「大丈夫だ、ご主人はきっと見つかる」
 そう伝えてみるが、当然、子犬には通じない。
 私は子犬の顔を覗き込んで、言った。
「君に名前をつけよう……マル、君はマルだ」
 たぶん伝わってはいないだろう。けれど、マルはもう不安そうには見えなかった。
 私はマルを下ろして、頭を撫でた。
 つまらなさの極限に達して一人で遊んでいたエミだが、それを聞いて私の元へ寄ってきた。
「なんか売れない声優がたまに行く事務所で呼ばれてるあだ名みたいだな」
「……」
 私は無言でエミを持ち上げ、ベッドの上に投げ捨てた。
 エミは飛び起きて向かってくる。
 戦いのゴングが鳴り、それからしばらく、私たちはベッドで死闘を繰り広げた。
 マルは不思議そうにそれを眺めていた。
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