小説

□消足 @
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カラスも鳴かない静かな町に沈もうとしている茜色の太陽を見つめて、公園近くの道端に佇む少女は黙ってその世界を観察した。
ここは何処だろうと考えるよりも、今自分が外の世界に出てきて、いつも窓から見ている景色とは違うそれに感動する。そして彼女が今、この場に立っているという事も。
自分の足でこのコンクリートで舗装された大地を歩いている。その喜びは、少女が今自分が裸足であるという事も忘れて、今にも走り出したい気持ちが溢れるほどだった。
だが、もちろん疑問点も存在している。
ここは何処か、私は何故立てるのか、その答えを少女が知るはずもなく、今の状態は何処にも行くことが出来ずに立ち尽くしていると表現した方が正しい。

自分が覚えている最後の記憶を辿れば、本を朗読し終わり、電灯の灯りを消す前に父がおやすみのキスをしてくれた事。そのまま父から貰った本を抱えて、自身は毛布の中に身体を埋めたはずだった。
あの時は陽も沈んだ夜だ。そのはずが今夕陽が沈もうとしているここにいて、立つことの出来ないはずの彼女は立っている。

誰かに会わなくては。
本能的に悟った少女は覚束無い足取りで、一歩、また一歩と前へと踏み出す。
足の感覚を感じる。足の裏がざらついたコンクリートをしっかりと感じ、今までそこにあった飾りのような足に、今まで知ることの無かった筋肉の動きまで感じる。
どうやって歩けば良いのか、それは本能が教え、感動と興奮が少女の背中を押す。

何処までも行けてしまいそうな、高揚した気持ちを抑えながら、少女は人を探していた足は、公園の入口とも言える辺りで何かを見付けてその歩みを止めた。
夕焼けの光の中に自分の足元まで伸びる薄い影がある。その薄い影は動く事はなく、少女は影の主を探してゆっくりと顔を上げ、その瞳が映した姿に、少女は唖然とした。
男の人だ。
茜色を乗せた黒い髪、茜色に染まった白いマフラー、男性にしては小さな学ランの背中。まるで今にも光の中に消えてしまいそうな、その人物を、彼女は『知っている』。
いや、本当なら知っているという表現は正しくない。

「あ、あの――」

少女が出した微かな声に反応して、青年は振り返った。

「キミ……ボクが見えるの?」

夕陽の陰りの中に自分を見つめる冷たさを感じる黒い瞳は、まさに『想像通り』であった。




消える青年と足の不自由な少女






戸惑いを隠せない少女に、疑問を感じた青年は、ゆっくりと少女に近付いた。
影が自分を飲み込む様に少女の身体に被り、いつしか少女は夕焼けの眩しさを感じないほどになっていく。
目の前までやって来た青年は、少女に合わせるように身を屈めると、先程も呟いたであろう言葉をもう一度呟いた。

「キミ、ボクが見えるの?」

その言葉に、少女はゆっくりと頷いた。
見える。確かに感じる。彼の存在を認知している。
それは少女の中でも疑問であったが、今この瞳に映る彼は、確かに彼であった。本来なら彼は、少女のような普通の人間には『認知する事が出来ない』はずなのに。

「んー……あー……なるほどね」

青年は何かを感じ取ると、少女を再び見つめた。少女の瞳に映る自分の姿を確認するようにその瞳を覗き込む。
少女は彼の身体が近付くのに驚き、一歩身を引いてしまう。その様子に青年はごめんと謝ると、少し離れてそのまま公園の中を覗き込んだ。

「あ、あの」

公園を見ていた青年が、身を捻って声を出した少女を見た。
焦りを感じ、緊迫したような少女の声に何事だろうかと、青年は首を傾げる。

「何?」




「お、お願いですから、消えないで下さい……っ!」

少女の口から出た言葉に、青年は自身が置かれた状況を瞬時に理解する。この世界、見知らぬ自分を知っている少女、自身の中にある記憶。そして、自身の未来。
目の前にいる少女は今にも泣き出しそうに顔を曇らせている。だが、自分にはどうする事も出来ないのだ。

「……それは、無理だなぁ」

困った様に笑う青年に、少女は叶わぬ願いだと思わず涙を溢した。

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