小説

□消足 B
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5歳の少女には早すぎる物語だと思われるが、物心ついた頃からずっと本に触れてきた彼女は理解力も高く、話の引き出しも多い。むしろ相手が勉強しなくてはならなかった程だ。
大学を卒業していた少女の養父は、そんな少女に感心して、少女との会話の内容から、彼女が興味を示しそうな事を使って物語を書くことにした。
だが、自分の視点を押し付けず、少女が自分自身で物事を判断して欲しい。父親は少しでもその願いを物語に反映させようと懸命に考えた。
最初は粗末で稚拙な文章。文芸部に所属していたのは過去の話だと思わず苦笑いが出る程で、シナリオを考えるだけでなく、もっと文章を書くんだったと後悔する。だが、真剣に本を読む少女を見て、そして面白いと感想を聞かされた時、やって良かったと、父親は胸を撫で下ろす。
大学でかじった宗教学、哲学、民俗学、歴史学、その他にもそれらから得た知識と学んだ事を無駄にしないように、そして、少女の楽しみが増えるように。父親の書斎の本棚には一般向けの学術書がそれに呼応するように増えていった。

その中で生まれた、簡単には理解出来ない人間の欲求を描いたあの作品には、個性的な人物が多く登場する。こんな人達がいたら、昔見た漫画をヒントに書いた物語で、その中でも数理何無(すうりいずな)の存在は異色の存在だった。
理解出来ないからこそ、少女は数理何無が登場する箇所を何度も読み返し、彼の考えに近付こうと努力した。そして、彼に関する描写を見た時、少女はこのままでは彼が消えてしまうと、戸惑いを隠せずにいた。
数理何無、彼は『あるもの』に感染した為に、一般人は勿論、同じ感染者であっても『消えたい』と願う彼に本能的に恐怖し、彼を記憶の中から消し去る。彼が得た能力も手伝って、気配、感覚、他者の記憶、そして世界から消える。全てから消えて初めて彼の欲求は満たされるという。





「じゃあ、キミが覚えてて」

では、彼の言葉はどういう意味なのだろうか。

「え……?」

少女は思わず声を漏らした。

「でもそれはあなたが望んだことと……」

少女が見つめる先には、いずれ消えるであろう青年がいる。
青年の言葉は、自身が今までやって来た事を棒に振るようなものである。何故それを私に?

「そうだね。確かにそれはボクに与えられた『設定』に反する」

「だけど――」



「この世界の『外』から来た。キミは違う」

少女の言葉を待たず、青年は言葉を続ける。

「物語外のキミにこの設定は適応されない。でもボクは世界から忘れられる。確かにボクは『あの世界』から消える。けど――」

「キミの中にもボクがいる」

青年の瞳が、自身を捉える少女の瞳を見つめる。そこに確かに存在する自分自身に、青年は何を思っただろうか。
少女は、ゆっくりと言葉を噛み砕きながら、理解する為に飲み込んでいく。

「わたしの、中にも……?」
「そう、この世界の説明も兼ねて話をしようか」

再び青年は視線を少女から離し、正面を見た。それに釣られるように、少女も正面にある眩い茜色の太陽を見る。不思議な事に、夕陽は一向に沈む気配を見せていない。

「この世界はね、キミを作る心の世界。精神世界ってやつさ」

青年の言葉に、少女はまた顔を上げる。青年の言葉一つ一つが、少女にとってこの世界と現状を理解するために必要なキーワードだ。
心の世界という言葉に、少女はベッドで寝ていたから夢の中という事だろうかと、自分の中で納得出来る言葉を探す。
考える少女に対し、青年は更に言葉を続けていくが、少女はあれもこれもと大変そうだ。

「だからこの世界は、キミが歩けるし、時間は進まないし、キミが『ソウゾウ』したボクがいるんだ」
「『ソウゾウ』した?」
「そう、ボクは正確にはキミが現在進行形で読んでいる物語の登場人物じゃない。聞こえる耳、見える目、その他諸々を持ったボクはキミが物語を読んで『ソウゾウ』したボクなんだよ」

あぁ、だから、わたしと彼は言葉を交わせるんだと、少女は納得した。
だが、わたしが歩いて、彼に会えているというこの素敵な出来事は、きっとサンタさんみたいな人が願いを叶えてくれたのだろうと、心の中で感謝した。

「そしてボクは物語の設定を基盤として、今キミと繋がっている事を良いことに、キミが覚えている物語の記憶を元に、キミの言葉を借りて話をしているんだ。分かったかな、迷子のお嬢さん(アリス)?」

彼の言葉に、少女は彼がこんなに喋る人間ではなく、自身のためにここに存在して、話をしているのだと思うと、必ずしも感謝だけが心にあるわけではない。だが、この喜びを感じずにはいられなかった。

「『登場人物(ボク)』達ってのは、ちっぽけな存在でね。物語の中に書かれていない行動は、『人の想像の枠』を越えて行動する事が出来ないんだ。物語に書かれていない出来事なんかは存在しないのと一緒さ。登場人物は『読み手(キミ)』の想像力を借りる事でしか実行出来ない。その時には『読み手』の意思が組み込まれるけどね」
「読み手の意思……?」

二次創作、初めて聞いた彼の言葉に、少女には正しく理解する事は中々難しい。
ただ、ゆっくり考えていけば、決して難しい話ではないような気がする。
考え込む少女に、青年は握りこぶしから人差し指を立てると、彼女を見ながら口を開く。

「じゃあ、1つ質問ね。何故ボクとキミはこうしてお喋りをしているのでしょうか?」
「……もしかして、わたしがあなたと話すことを考えた、から……?」
「大正解。キミホントに5歳?」

青年の話を飲み込んで出した答案に、青年は満足するように答え、理解力の高い少女に感心した。

「『他の力』もあるみたいだけど、その通りだよ。ここはキミの『想像』が『創造』した『昼』と『夜』2つの世界が入り交じる『黄昏』だ」

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