小説

□消足 C
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 ずっと自分に向けられていた視線に感付いていた青年は、この世界で少女と出会い、その瞳を見た時、彼女がずっと自身を見ていた存在だと確信した。
 彼女とこうして会えるという事はどういう事なのか、考えて出した答えは、自身よりも彼女が望んだからだと仮説を立てると、自身という存在はどれだけ縛られ、ちっぽけなのだろうかと考えが過る。

 彼女の世界にボクは行っても良いのだろうか。巡る考えはネガティブなものばかりで、彼女の記憶を頼りに過去を振り返れば、自分の愚かなこと。
 だが、1つ確かな事があるならば、彼女には覚えていて貰いたい。自分が切実にそれを願っていた事。
 もし、彼女がそれを受け入れてくれるなら――




「たそがれ?」

 確か昼と夜の間をさす時間帯だったと、少女は思い出す。この時間は不思議な時間で、その時にかくれんぼをすれば神隠しに遭うと聞いた事がある。

「そう、黄昏……キミと、彼の世界の、キミの想像の世界と物語の世界の境界線」
「彼……?作者さんの事ですか?」
「うん」

 沈む途中の太陽は地平線の向こう側で交わり、一向に進まないこの刻に、少女は寝る前に読んだ描写の中で思い描いた景色と重ねる。
 確かにこんな感じだったと思うのと同時に、このソウゾウの世界にいる事を改めて実感した。
 普通に自分の足で外に出て、夕焼けを見て、友達と遊んで、本を読むのも楽しいが、外に対して強く憧れていた。その思いがこの世界を生んだのだとすれば、それはいけない事なのか、彼女にはまだ判断が出来ない。

「この世界は……あってはいけないんですか?」

 震える声で投げ掛けた問いに、青年は優しく首を横に振ると、そんな事はないと彼女に返す。

「人は誰しも物事、実像に対して自分なりの解釈をするんだ。その解釈がその人視点での物の見方で、それが行われた時、その人の中で他者の解釈とは別のそれが、『虚像』が生まれる。その実像の共有には必ず何かしらのズレが生じて、絶対に実像と同じものは出来ないし、虚像同士でも同一のものは存在しない……人の考えが必ずしも同じじゃないのと一緒だよ。つまり、ボクが思うに誰にでも起こる事だからキミが悪いとか、そういう事にはならないんじゃないかな」

 難しい言葉の羅列に、少女はうーんと頭を抱える。いくら自分の世界だとしても、ここまでの言葉を自分は知っているだろうか。
 もしかすれば、物語を書いた人の世界も彼は借りているのかもしれない。
 一方青年はくすりと少女を見て笑うと、ベンチから立ち上がる。それに反応して少女は茜色に染まる青年を見上げた。

「さてと、もうじき『夜』だ。ボクは『寝る』けど、キミは『昼』の世界に帰らないと」

 寝る。
 その言葉は彼なりの配慮なのかもしれない。
 青年の世界には夜が来て、少女の世界には昼――朝が来ようとしている。

「それとも、三千世界のカラスを殺して、ボクとずっと話をしているかい?なんてね」

 珍しく声を上げて笑う青年に、少女は言葉の意味も分からず、疑問符を浮かべた。
 青年はすぐに笑いを止めて、再び夕陽を見つめる。
 物語を読み進めない限り時間が止まったこの世界にも、そろそろ夜がやってくる。

 『彼』が物語を書き進めている。もうすぐ、本にボクが消えた事を仄めかす文章が書かれるだろう。
 そうすれば、ボクはあの世界から消えて、あの本の唯一の『読み手』である少女の世界か、『書き手』である彼の世界に依存しなくては存在は保てない。
 だが、ボクに『刻み込まれた』潜在意識は全てから消える事を望んでいる。


 ――本物のボクは、どこにいるんだろう。



「ねぇ」


「ボクはここに本当にいる?」

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