小説
□消足 D
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存在を証明する為に、確認すること。
それは感覚であると、多くの人が言うだろう。
言葉を聴いて、光を見て、風の匂いを嗅いで、人と触れ合って、罪の味を知る。
段々と音が聞こえなくなって、辺りが見えなくなって、花の匂いも感じられなくて、触れた実感もなくて、林檎の味も分からない。
今のボクには何がある?
彼女の心の世界を借りて、彼女と世界を共有している。彼女は優しいからか、設定をほどほどにボクの感覚を生かしてくれている。
だからこそ、ボクは彼女の世界で存在の証を得ている。
「――いるよ」
「あなたは確かにここにいる」
少女の声に、青年はハッとして、少女を見るために振り返る。
そこにいた少女は、沈み行く夕陽の黄金色の光を浴びて輝いていた。
「今わたしと繋がっているなら、分かるんじゃないかな?待ってて……」
少女は自らが感じた青年の存在の証を思い描く。
手は冷たいだとか、簡単なものだが、青年は真剣に伝えようと頭を抱える少女にいとおしさを覚える。
そんなに真剣になって、キミのいる世界に本物の人間として存在出来ないボクに、どうして尽くしてくれるんだ?
その問い掛けを口に出すことも忘れ、黄金色の少女を見つめて、まるで太陽のようだと、眩む目を細める。
「原始、女性は太陽であった――」
「え?」
無意識に出たのはある詩人の言葉。それは古来の太陽の神を指してか、独自の地位を形成した過去に思いを馳せたのか、その歌の真意を彼は知らない。
だが、今ならその言葉を理解出来るかもしれない。
夕陽の黄金色の光を浴びた彼女自身が光輝くような錯覚と、温かくなるこの心が感じている感覚はきっと同じものだ。
嗚呼、そうかボクは――
「『夜』から『昼』を奪ってもいいけど、それじゃああまりにも夜が可哀想だ」
太陽を背に、呟いた言葉を彼女が理解すればどう思うだろうか。
でも、それも良いか。
影の中、どこか恐怖を感じる声、弧を描いた口は怪しく笑い、少女は本能的に悪寒を覚え、少し身を引いた。
「冗談だよ、冗談」
冗談を感じさせない声だったと、自分が一番知っている。
そりゃそうだ。本心なんだから。
「ほら――」
だが、少女を思うために、この世界から出さなくてはならないと考えているのも確かで、ベンチに座る少女に帰り方を教えなくてはならない。
少女に向けて手を伸ばすが、少女はその手を取らず、どこか悲し気に青年を見る。
「ごめん、悪かったよ。でも、そろそろ帰らないと、キミの世界はもう朝だよ?」
自分を怖がったんだと、そう解釈して謝罪の言葉を呟くが、よくよく見ていると様子が変だ。
大きな瞳は、光受けて輝いている様に見えるが、良く見れば目が潤んでいる。
何かを堪えて下を向くと、震えるようなか細い声で、言葉を呟く。その言葉に、青年はハッとした。
「わたしがいなくなったら……あなたは、消えちゃうじゃないですか……っ」
少女は青年の言葉を確かに理解していた。それ故に、この世界から出てはいけないと少女は知ってしまった。
この世界から少女がいなくなると、ここは夜の世界となる。
『彼』世界になれば、この世界から青年は消える。それは青年が消える事を知っている彼と、青年が消える事を勘付きながら、まだ青年の結末を知らない少女。
この二人の思考の差は大きい。
喋りすぎたかな。青年はそう思うと、少女に歩みより、潤んだ瞳から零れ落ちた雫を拭い取った。
「まったくキミは……本当にお人好しだね」