小説

□消足 アナザータイム
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この世界にはね、物語を書く、『書き手』がいるんだって。
書き手?
そう、彼らは物語を書くんだよ。
それは、どうなるの?
その物語に沿って、世界が動くんだよ。人の運命を書くようなものかな?
すごい、その人達はどんな物語を考えるの?
明るいものから暗いものまで、その中で、登場人物達は悪い運命を変えるために戦うんだよ。
戦うの?どうして喧嘩するの?
みんなしたくてしてるんじゃないよ。運命を変えるために戦うんだ。
運命を、変える――。




 閉じられた扉の前に、1人の青年がいる。
 茜色を乗せた黒髪に、茜色に染まった白いマフラー、男性にしては少し小さな学ラン姿の青年は、扉の前で考え込むと、ドアノブへと手を伸ばす。
 この扉の向こう側に行ければ――。

「やめた方がよろしいかと」

 背後から掛けられた声に青年は驚いて振り返ると、そこにいたのは、この世界には似合わない女の子。
 金色の髪は左右の2本に束ねられて、地面に届く程に長く、頭には夕陽の光を受けて輝く王冠に、露出を控えた黒いドレス。落ち着いた瞳は、鏡合わせのように少女から見た自分と似ている。見た目の年齢は15歳ぐらいだろうか。

「……ずっと見ていたのはキミ?」
「えぇ」

 誰かの視線は感じていた青年は、現れた女の子にキミかと聞くと女の子はそうだと短く答えた。

「面倒でしょう、私の事は『ろくでなし』とでも呼んで下さい」
「じゃあ、早速だけどろくでなしさん、キミは何者? この世界はあの子とあの子の父親しか来れないはずだけど?」

 青年は警戒する様にろくでなしを見る。
 青年が言う通り、この特別な空間には簡単に誰かが意図的に入ってくる事は出来ないだろう。
 そうなると、彼女の存在は大分限られるだろう。

「忘れてしまうあなたになら話しても良いでしょう。私は淡島月夜(あわしまつくよ)とその子淡島昼子(あわしまひるこ)が最初に『共有』した世界の一部――」
「共有した、世界?」
「あなたが登場する物語にはいないでしょう。所謂『書き手』と呼ばれる存在です」
「書き手? まさか――」
「察しが良いのは助かります。私があなたと淡島昼子を引き合わせました」

 淡々と語るろくでなしに、青年は珍しく不気味さを覚えた。
 何が目的で彼女とボクを引き合わせたのだろうか。

「あぁ、先に言っておきますが、他意はありません。私は淡島月夜の言わば同志、その子どもの願いを叶えたに過ぎませんし、私は彼女の世界を借りただけです」

 先に言われた言葉に、青年は面倒なやつに捕まったと思う。
 きっと会話という会話は全て設定されている。
 だからといって、そのままにする事もないか、せっかくなら聞くだけ聞いておこうか。

「同志?」
「淡島月夜は私を含む全ての書き手、その理念は娘である淡島昼子に世界を見せること。そして、運命に抗う姿勢を教えること。その中で私は光栄なことに世界を支配する書き手としての存在を与えられた。そう、『夜』を生む存在として」
「『夜』――」
「多くの物語は夜から始まる。その夜を生み、夜が終わり朝が来るのを見守るのが私の与えられた役目」

 ん?
 ろくでなしの言葉に、青年は首を傾げた。
ボクはもしかしたらら本当に面倒なやつに捕まったのかもしれない。

「キミ、所謂ラスボス?」
「そうなりますね」

 青年の投げ掛けた疑問に、ろくでなしはあっさりと答える。
 雰囲気は青年が考えるラスボスと随分かけ離れた存在だと、青年は思う。
 だが、少女は彼女を知らないだろうから、ろくでなしは作者である彼の世界から少女の世界に干渉した事になる。
 共有された設定がどんなものか知らないが、『ソウゾウ』された書き手の、ろくでなしの力が強力であることが分かる。

「で、どうしてボクに声を掛けたの?」
「面白い運命を辿るあなたを見てみたくて。物語のあなたとソウゾウのあなた、二人は同じように眠りにつくが、繰り返される物語の中のあなたは再び淡島昼子に会えることを信じて、より強く物語の中で消える事を望む。一方のあなたは約束を果たすために彼女を探す……なかなか見ない分岐点だと」
「その分岐点を作ったのはキミだろう?」

 呆れた様に青年が言うと、ろくでなしはそうですねとまた短く答える。
 だが、本当は感謝している。
 おかげでボクはボクとは違う存在に独立した。彼女に会えないボクは可哀想だと思うが、この優越感はボクがボクとしての存在の証をくれる。
 確認するように少女の手を握った左手を見た。
 うっすらと向こう側の地面とろくでなしの足元が見え始めている。
 物語のボクがそろそろ消える。
 それに自身の存在を支えていた少女もいないのだ、それはそうなるか。

「ねぇ」
「なんでしょう」
「ボクは彼女の世界にいけるかな?」
「いけますよ。例え彼女があなたが消えた事を仄めかす文章を読んでも、あなたがいつか来る朝に起きる事を信じて読み進めるでしょう」
「そう、だよね」

 少しずつ向こう側が良く見えるようになってくる。この消えていくような感覚に、初めて青年は恐怖を感じた。

「ずっと望んでいた事だったのに……彼女の贈り物は素敵だけれども残酷だね」
「あなたは眠るだけです。さぁ、もう夜です。おやすみなさい――」

「あぁ、おやすみ――」



 光の中に溶けていくように、そして眠るように消えていった青年を見届けて、ろくでなしは再び夕陽を見た。
 筆を走らせる微かな音が聞こえてくる。彼が続きを書き始めたようだ。
 ゆっくりと時間が進み始め、ろくでなしは沈み行く太陽を背にして歩き出す。

「おやすみなさい、数理何無(すうりいずな)。良い夢を」






 誰も居なくなった公園に、影が1つ掛かる。
その影は覚束無い足取りで、公園の中へと入ると、ビル群の隙間から見える太陽を見た。
 手で影を作る事も無く、光を感じるために目を見開くその影にとって、太陽の光は弱く感じられた。

 茜色を乗せた黒髪に、茜色に染まった白いマフラー、男性にしては少し小さな学ラン姿の青年には、ここが何処であるかなんて、どうでも良かった。
 消えゆく感覚に満たされていくような気さえ起きている青年は、消える事で、求めていた何かに辿り着けるような気がした。

「消えれば、分かる、かな? ボクが、探していた、人――」

 自分の声はその耳に届く事は無く、消える事を受け入れるように、太陽へと手を伸ばした。

「あぁ、この光を、ボクは、知って――」

 楽しかった時間も思い出せない青年は、残った微かな感覚が頼りだった。

「あぁ、ボクはこれで……」

 夕焼けの町に溶けるような、そんな気分に包まれながら、青年は静かに、眠るように目を閉じた。


 おやすみなさい――。


 その後この町に通り雨が訪れた事を青年は知らない。

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