小説

□鳥籠の中の『弱者』
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少女は闇の中でじっとしていた。少女の桃色の腰程までの髪は、影に隠れ闇色に染まっている。
じっと、膝を抱えて、じっと。
金属音が響くだけの空間に、彼女はただ、安らぎと温もりを求めて。
布切れの様な服は、少女に何も与えはしない。
少女は静かに時を待った。自身がこの鳥籠から出されるその時を。



仮面舞踏会の中に、彼はいた。
蒼い髪の下に、仮面がその顔を覗かせる。仮面越しでよく分からないが、態度の悪さからいって今の状況をあまりよく思っていないのだろう。
彼がいるのは正確には会場の中と言ってもその隅だ。壁に背中を預けて、ただ見苦しく踊り狂う強欲な亡者達を見つめていた。
嗚呼、殺してやりたい。
何度そう思っただろうか。
こんな舞踏会ではなく、早く、「アレ」の時は来ないものかと。
仮面越しに彼は会場を見渡した。

この舞踏会はただのカモフラージュだ。京師所司代の目を盗んで『狂気の宴』をするための。
今回、こんな潜入をしているのは『我々が相応しいと思う人間』がこの狂った宴の『メインディッシュ』になっていると、そう仲間が掴んだからだ。
騒がれては面倒という事でそのメインディッシュを買ってこいという事になった訳だ。
だが、何故俺が中担当なのだ。
まだ、貴族としてゴミ共の相手をしている奴よりはマシだが、イライラする。
一応俺達のバックアップの為に『全員』で来てはいる。
全員で来てはいるのだが。

金の髪が揺れる。1つに結われた床までに至る長い髪はその動きに合わせて、踊りを彩る。
誰もか、彼の優美さに心を奪われていた。
彼が相手をする女性はパートナーの気品の良さに満足するどころか、更に彼を求めた。

「あら、私が誘っているのに、手袋は外して下さらないの?貴男の手、触らせて」
「私ごときが貴女様に生身で触れるなど、おこがましい」

よく言う、嫌いなタイプの人間に、しかもお前は潔癖症だ。あの女もあまりベタベタ触ってると死ぬぞ。


明らかに皆質が悪い。
皆一様に牙を隠してはいるが、いつまで保つかは分からない。皆殺したくてウズウズし始めている。
まぁ、ゴミに何が起きてもゴミの所為だがな。

ふと、視界の端。ステージの方から人影が現れる。
来た。
音楽が止まり、ステージ以外のライトが消えた。
メインイベントの始まりだ。

「やっと始まりましたね。シン」

先程まで、女の相手をしていた男がようやくですかと呟いて自分の下へと戻ってきた。
手袋を近くのゴミ箱に投げ捨て、新しい手袋を懐から出しながら。

「あぁ、今回俺は貴族様の護衛って設定だ、上手くやれよ」
「勿論です。お金もたくさん用意しましたよ。上品に」
「よく言う。上品に奪ったんだろ」
「頂いたと言って下さい。奪ったなんて」
「へーへー」

そして、群がるゴミの群れに近付いた。皆ステージに注目し、既に宴は始まっている。

「この商品は先日かの有名な盗賊団『貪る顎門』が盗みだした『聖母ミテラの指輪』で、遺産(クリロノミア)を動かす鍵とも言われています。ただの指輪としてもかなりの価値があり……」
「50万!」
「こっちは70万だ!」

競買が始まった。
商品に手を伸ばす叫ぶ姿は、


本当に、見てて不愉快だ。




「出ろ」
「…………」

少女の首を拘束する首輪が、声の方へと引かれた。
震える身体を必死に奮い立たせ、少女は立ち上がり、覚束ない足取りで牢屋から出る。桃色の髪が、寂しげに揺れた。
そのまま、牢屋を出てすぐの別の部屋に少女は招き入れられる。

金属音、布が落ちる音、誰かの声。

少女を襲う恐怖はまだ始まったばかりだ。





もう、終盤まで来ただろうか。
暇だ。
非常に暇だ。
このゴミ共にも見飽きた。いっそ皆殺しにして――


「皆様、大変長らくお待たせしました!本日のメインディッシュの登場です」

眠気もとんだ。

現われたのは身なりを整え、綺麗な桃色の髪を左右に結われた美しいまるで人形の様な少女だ。
会場内が騒つく、誰もが、俺も、隣の奴グラーツィアも息を飲んだ。
憂いを帯びた深い碧の瞳が、こちらを見る。
目が合う。
少女は静かに口を動かした。

タ ス ケ テ


「こちらの少女は不思議な血を持ち、何でも『力を失わせる』能力があるそうです!それだけでもなく見た目も美しい!100万からスタートです!」

「150万!」
「200万だ!」

説明なんて誰も聞いちゃいない。それよりも、彼女が欲しくて、
彼女は相変わらずこちらを見たままだ。

「1000万」
「1000万が出ました!」

会場が騒つく、無理もない。急に値が跳ね上がったのだ、競買を無視した強引な戦法だ。
それを行ったのは黒い髪に今では珍しい男性型の執事人形ぐらいしか着ない燕尾服の男。
その黒い男に、見覚えがあった。

「お、おい。アイツ」
「『世界に至る知(ラジエール)』のボス、リュゼ!マズい1100万だ!」
「滅多に外に出ない引きこもり集団のボスが何でここに…!」
「彼女の血を求めて来たのだろう。奴等は『プラン』の遂行を最優先するからな、邪魔をする者達を彼女の血で無力化させるつもりなのだろう。ま、疾しい事をしている者なら誰でも考える事だろうな」
「お前も疾しいのか」
「後で覚えていろ、私は疾しくなど無い!」


『世界に至る知』のボス、リュゼは手を上げて値を吊り上げる事はしなかった。
それどころか、その仮面がこちらを見て不敵に笑った。

タダで帰してくれそうには無いな。

「1100万!1100万より上はございますか?無ければ、そこの金髪の貴族様が落札されました!」

「先ずは一安心か」
「先ずは、な。あまり相手に時間を与えるのもよくない。すぐに行くぞ」
「そうですね。彼女を迎えに行きましょう」

そして、狂気の宴は次の段階へ――
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