小説

□その少年、超常
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 他人と関わるのは昔から嫌いだった。
 自分から誰かと楽しむ事も苦手だし、静かに1人で過ごしていた方が何も考えずに済んで楽だった。
 そんなある日自分の前に現れた彼女。名前も忘れてしまったが、どんな人だったかは良く覚えている。彼女以外にも大切は人や覚えている事はあるはずなのに、何もかも皆黒い絵の具を塗ったように真っ黒で、彼女だけが記憶に深く焼き付くように残っていたのだ。
 君はどんな子だとか、何が好きだとか、ずっと自分に話し掛けてくる彼女を最初はウザったいと思っていた。話しても意味がないという気持ちがあったと記憶しているし、自分の事を話すのも嫌だった気がする。

 そんな自分は今やっと落ち着き始めた、彼女に良く似た人の話を聞いている。
 語るのは苦手な自分に出来る事は少ないのではないかと思いながらも、せめて話を聞こうと思った。
 自分に出来る事は、まだ模索中だ。



第11話 その少年、超常



 二人だけの静かな空間に、ぽつりぽつりと少女の声が小さく響く。
 緋音の話は断片的で、良く分からなかったが、どこか心の片隅で自分の境遇と似ている気がして、他人事に思えなかった。
 一方の緋音は正直に自分の身に起きた事を話した。証拠だと言って見せた牙も、見せようとした腹部の傷痕も、椋が話を聞いてくれた事に内心恐がられていないかと恐怖していた。
 二人きりの空間は不思議と時間を忘れてしまい、話題は暗くとも椋は緋音に思うことを全て吐き出してしまえと言う。
 それに従い、緋音は正直に今日思った事を話した。抑揚のない声で話す少年の声に、緋音は不思議と安心感を覚えたようだ。

 他人の首や手を見ていると噛み付いて血を飲みたく思うとか。昨日色々あって友人が撃たれて、その時に自分も暴走してしまったらしいだとか。その時に自分も撃たれたがたまに痛むだけで撃たれた感じがしないだとか。
 本当は自分自身も怖いし、皆が自分を知って離れていくのが怖いだとか。でも生きていてまた紫郎や紅助と、普段と変わらないような生活が送れて実は嬉しいだとか。他にも紫郎にも話していない気持ちを椋へ打ち明けた。それと同時に、今度紫郎や紅助にも聞いてもらいたいと思う。

 やっぱり変だよねと、何も言わずに黙って話を聴いてくれた椋に、最後に付け加えるように言った。
 それに対して、椋は別にと短く答えると周辺をキョロキョロと見渡して何かを探す。

「僕は貴女の話を聞いて、恐怖を感じていませんよ。それどころか、僕は何故か貴女に親近感を感じてます」
「え……?」

 未だに眠気を残した目は何かを捉えると、ゆっくりと右手を上げて均等に立ち並ぶ鉄製の下駄箱の1つを指差した。
 誘導されるように視線を下駄箱の1つに向けると、その上には生徒の誰かが置いたのだろう、赤いジュースの缶が1つ置かれている。それがどうしたのかと椋の方を見ると、その一点を見るように真っ直ぐ缶を見つめる。

「まぁ……見てて下さい」

 そう言われたために、緋音は再び下駄箱に置かれた赤い缶を見た。寂しげにそこに置かれた空き缶に何が起きるのだろうかと、内心わくわくした子どものような自分がいる。
 一方の椋はあるイメージを描きながら、力を込めるように缶を見た。するとその描いたイメージ通りに空き缶は何かの力を受けて宙へと浮き上がり、ゆっくりと緋音のもとへと向かって飛んでくる。

「わっ!」

 緋音の目にいつも通りの輝きが戻り、ベンチから立ち上がりふわふわと飛んできた空き缶を出迎えて、椋の集中力が切れたのか力を失い重力にその身を任せて落ちるそれを両手で受けとめる。

「スゴい!」
「漫画とかでいう超能力ってやつですかね……」

 苦しそうに頭を押さえながら、椋は視線を緋音へと移した。緋音も彼を見るが少し顔色が悪い。

「だ、大丈夫?」
「これをやると頭が痛くなるんですよ……何か思い出せそうな気もしますが、まだ慣れないのか少し苦しくなって」
「無理しなくて良いよ!」

 もし自分を安心させるためにしたのなら申し訳ないと、緋音は自分のために無茶をした椋に気持ちをぶつける。
 しかし、彼が見せた力に緋音は強い憧れを抱いたのは確かで、気分は理科の実験で目の前で綺麗な化学変化を見たように気持ちが高ぶっていた。仕組みの理解など必要なく、そこにあるのは現実に起きたそれへの興奮。

「私あんなこと出来ないよ!」
「出来てたら大変なんじゃないですか?」

 痛みが治まり始めたのか、椋はここに来て少し笑みを見せると、緋音が受けとめた空き缶を取り、数メートル先にある自動販売機に備え付けられた空き缶用のゴミ箱に投げ入れた。乾いた音を立てて、空き缶が既に入っていた空き缶にぶつかる。
 その様子を見ていた緋音は、切り替えたようにまた椋を見ると目を輝かせた。

「むっくんも私と同じなの?」
「む、むっくん……?」

 突然の呼び方に戸惑いながらも、緋音の質問に椋は考え込んだ。
 正直に言うと、こういった不思議な力はあるものの、緋音と同じかと言われれば自分には分からなかった。
 何故こんな力があるのか、この記憶はなんなのか、何故目が金色なのか、考えるだけで頭が痛くなってくる。

「同じかどうかまでは分からないんです……でも、僕は貴女を怖いとは思わない。皆の事を考えて行動してる貴女を怖いと思う人はいないと思いますよ」

 椋の言葉、素直に嬉しくなったのか、恥ずかしそうに顔を赤くして、緋音は下を向いた。
 その仕草は記憶の片隅にある彼女のそれと一緒で、思わず名前を呼びたくなるが開いた口は何も言葉を紡がない。

「そう言えば……もうすぐ昼休み終わりますね」
「え?あれ……そう言えば皆は?」
「今更ですか?」

 今の状況にやっと気付いた緋音に、随分鈍いんだなと内心思いつつ、椋は自分の手にあるビニール袋の中からあんパンを1つ取ると緋音の前へと差し出す。緋音は不意をつかれたように意外そうな顔をして椋を見た。

「良いの?」
「今日の晩御飯の分も買ってるだけなので」

 ありがとうと椋の手からあんパンを受け取ると、泣いて腹が減ったのかそれをぺろりと簡単に平らげてしまう。
 緋音は再び辺りを見渡し、周囲の様子を確認する。自分達以外誰もいない空間は、段々と気味が悪くなってきて、緋音は不安を感じ始める。

「誰にも聞かれてなかったのは良かったけど……なんか怖いね」
「そうですね、そろそろ出ましょうか」

 動揺する様子も見せず、ただ冷静に椋はベンチから腰を上げると、数歩前に出て見晴らしが良い場所へ行くと左右に延びる廊下の突き当たりまで見てみるが、やはり人の気配は無い。

「職員室と教室に向かって歩いてみましょう」
「うん……」

 誰もいない廊下は良く音が通り、二人分の足音が響き渡る。その音が余計に不安を煽るのか、緋音は思わず椋の手を掴み、力を込めた。
 まるで今までいた世界から切り離されたような感覚に、不安が掻き立てられるのは当然だろう。
 廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりにくると先に職員室に行くために左に曲がり階段を上がっていく。階段を上がりきると、緋音は何かに気が付き振り返る。
 緋音の足が止まったのを感じて、椋も振り返り緋音の視線を追った。微かに聞こえた音に、緋音が立ち止まった理由を理解した。

「どうしたんですか?」
「シローの声が聞こえる……」

 職員室の扉とは反対の3年生の教室が並ぶ廊下を、椋から離れて数歩歩くと、宙をまるでそこに壁があるように触り始める。
 そこに居るのだろうか、椋もまた数歩歩み寄ると何もない空間に耳を傾けた。微かに聞こえる男性の声に、良く聞こえたなと思わず先程緋音が自身にした話を思い出す。五感や身体能力が上がっているのだろうか。
 緋音が宙を叩くと壁を叩いたように鈍い音がし、降り下ろそうとした手は宙で何かにぶつかったように止まる。

「壁……?」

 確かめるように手探りで辺りを探るが、廊下の左右に立ち上る壁の端から端までそれは続いているらしい。
 拳を作りどんとそれを力を込めて叩くと、壁が揺れ震動が伝わってくる。あまり厚い壁では無いようで、そうと分かればやることは1つだ。

「シロー!シロー!!」
「もしかして、壊す気ですか?」
「うん!あんまり厚い壁じゃないみたい!」

 紫郎の名前を呼び、緋音は何度も同じ場所を叩き続ける。何度もこれではダメだと更に力を込めていく。
 その緋音の姿を椋は思わず呆然として見てしまっていた。表現としては見とれていたという言い方の方が正しいだろう。
 緋音の行動1つ1つに『彼女』を重ね、バラバラになったパズルで1枚の絵を作るように思い出の欠片を拾ってはそれを思い出していた。

「もー!さっさと壊れなさい、よっ!」

 緋音がそう叫びながら強く壁を叩いた瞬間、小さな割れる音が鳴ったと思えばそこからを起点に白い光の亀裂が走り、緋音が叩いた衝撃を受けて硝子が飛び散るように壁が砕けた。

「えっ、わわっ!」

 まさかそれで砕けると思っていなかったのか、驚いたような声を上げた緋音は壁を叩いたその勢いのままに、前へと倒れ何か壁とはまた違うものにぶつかる。

「ぶふっ、今度はな、に……?」

 顔をぶつけ、それを確かめるようにに触るとそれは布のようなものに包まれていた。
 それが何か予想もせずに顔を上げると、そこにはじっと緋音を凝視する紫郎。下を向いているために顔に影がかかり怒っているようにも見えるが、その額は何かをぶつけたのか赤くなっている。

「……シロー……?」
「授業、始まるぞ」

 思わず身体が硬直し、その状態のまま紫郎を見つめ、疑問を投げ掛けた。

「おでこ、どうしたの?」
「緋音を探していたら色々とぶつかった……それよりも緋音」
「何?」
「年下が好きなのか?」

 どうやら彼はまだ眠いようだ。




 椋は一年生の教室がある4階までの階段を1人ゆっくりと登っていた。今いるのは3階から4階にかけての階段である。一段一段をゆっくり上がりながら、先程起きた事について考えていた。
 3階で緋音達と別れた際に、話を聞いてくれたお礼がしたいから、放課後生徒会室に来て欲しいと言われたのだ。正直話を聞けば終わりだと思っていた椋は、心の片隅でやっぱりかと思いつつも、面倒な事になってしまったと思う。
だが、これこれで良いのかも知れないとも考えた。心に残る記憶の欠片は、このような『日常』を望んでいたようにも思えた。
 階段を登りきり、自分の教室の方を見ると、丁度1人の男性が廊下を歩いていた。
 意味もない白衣に、緩んだネクタイはだけたワイシャツ、くわえられた棒つきキャンディに、眼鏡越しの気だるそうな目と、寝癖の残る髪。そして小脇に抱えられた生物の教科書と学生名簿、相変わらず他の教員達に比べて浮いていると思う。

「あぁ?君確か葵転校生くんだっけ?」
「そうですけど、水野蘇芳先生」

「授業」

 いつも気だるそうにしているなと、椋は思う。そして彼は酷く欲望に忠実で、眠たくなったら授業中にも関わらず授業をやめてしまうほどである。
 どうして彼は教師としてこの学校にいれるのだろうか。そう思いながらも蘇芳の後に続くようにして、教室へと入る。

 案の定、彼の授業は30分ともたなかった。

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