小説

□その男、考察
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 目の前に再び現れた明星と、それと関係する事を明かした春馬。春馬の発言の中にあった、異形化事件とは一体なんなのだろうか。
 この町で何が起きているのか、それを考えるのと同時に、自分は緋音を守れるだろうかという考えに行き着く。
 弱気になってはいけない、昨日の明星の様子からして、確かに明星は純粋に緋音を助けようとしていた。だとすれば、今回緋音に助言をしに来たと言うのも頷ける。なら自分も、その話を聞いて自分に出来る事を模索するべきだろう。
 考え込む紫郎を余所に、周りにいる者達のお菓子を食べ漁る音が聞こえてくる。

「これはお団子と言うのか?初めて食べた」
「え!食べた事無いの?みたらしにあんこに胡麻!色々あるんだよ!」
「さっきは無意識だったけど、今思えば紅助ちゃんに抱き付けてし・あ・わ・せ」
「気持ち悪い事言うなカマ公!頭撃ち抜くぞ!」
「ベルのその気持ち悪さどうにかならないのか?だから男は嫌いなんだよ」
「なんで乗馬同好会の部長と風紀委員長が……あんたらも悪魔って奴なわけ?」
「そうですよ、蒼司さん。あ、そのお茶頂けませんか?」
「悪魔さんって身近にいるんですね、まだお菓子ありますよ」
「僕頭が混乱して来ましたよ……」
「ホントですよねー村雨さん僕もそーちゃんに蹴られた足と撃たれた心臓と頭が痛いですよ」
「……明星が言った通り丈夫なのね……」
「ホントに痛いとこだらけですね……緋音先輩、胡麻団子下さい」
「……美味い」

 この状況は酷すぎる。



第13話 その男、考察



「一先ず、食べよう!」

 緋音の一声に対して、その場にいた者達は話の中心にいるやつが何を言ってるんだと思った。
 緋音は明星達を招き入れると椅子を引っ張り出して空いてる場所に並べ、座るように言った。そして自分の席に座ると黙々と食べ始めてしまったのだ。
 呆れて声も出ないという奴だが、緋音は顔を上げて、皆も食べないと全部食べちゃうよとお菓子のくずが付いた顔で言われてしまった為に、仕方がないと食べ始めた。
 緋音の隣に座った明星は緋音の食べる物を興味津々に見つめ、その視線に気付いた緋音は、オススメと言って黄菜子のみたらし団子を渡した。初めて見るそれに物珍しそうな顔をして、顔を上げると緋音は隣で幸せそうな顔をして頬を膨らませている。見よう見まねで串を持つと、先端に付いた団子を1つかじる。

「!甘い……」
「ふっふっふー兄貴のオススメはあんこで、シローは胡麻なんだけど、私はみたらしが一番好き!」
「みたらしと言うのかい?」

 気の抜ける会話だと思うが、もうツッコミを入れる気も失せてしまう。
 明星が連れてきた者達もまた、変わった者達で、一人は紙皿ごとお菓子を食べてしまうし、一人は兄貴さんにべったりだし、そして女性でありながら男のように整った顔立ちで有名な、同性愛者の噂がある乗馬同好会の部長色代飛鳥。糸目が特徴的な怒らせると大変だと噂の、まさに仏の顔も三度までと言われている風紀委員長、碇定。更には物静かで盲目のクラスメイトの女子、漆戸海月までいる始末。
 痛くなってきた頭を抱えて項垂れる紫郎の隣にはクラスメイトの海月が、更に隣にいる紅助から仕方がないなと受け取った紙パックジュースのいちごオレを飲んでいる。海月は紫郎をちらりと見ると、両手で持っていた紙パックのストローを口から離す。

「……いつも、あんな感じなの……?」
「緋音のこと、か?」
「……うん」

 紫郎は海月と初めて言葉を交わした。特徴的な青い髪と藍色の瞳、小さな見た目も相まって人形の様だと言われたが、近寄りがたい雰囲気と、コミュニケーションが苦手な為にクラスでは浮いていた。今まではずっと緋音が教室移動を手伝ったり、話をしているのを見ていただけで、更に海月から話し掛けて来る事は皆無と言っても良いほどに貴重だった。
 海月は海月で、緋音がこんな状況でもクラスで見る様子と一緒なのかと、顔には出していないが驚いたらしい。

「あれが、緋音だ」
「……そう」

 短くそう答えるとまたいちごオレを飲み始めた。その隣にいる紅助もまたいちごオレを飲んでいるわけだが、端から見ると風変わりな兄妹に見えなくも無い。

「えーっと、そろそろ説明して頂けませんか?僕混乱してきて……」

 志藍が誰も言い出さなかった事を遂に口に出した。それに対して明星は顔を上げると、皆を見回す。確かにと、机を囲んでいた一部の者達の顔が真剣な表情へと戻る。

「確かに、そろそろ話をしなくてはね、先ずは何から話そうか」

 明星の言葉に、紫郎は聞きたいことが次から次へと浮かんで来るが、いざ訊くとなるとどれから聞くべきか悩んでしまう。紫郎の様子に気が付いたのか、明星は少し考えた様子を見せてから話を切り出した。

「まずは我々と、そして他の夜の子の事からにしようか」

 確かに気になる事だと、紫郎は耳を傾ける。それこそ明星の仲間と紅助以外真剣に話を聞こうとしていた。

「元々、夜の子とは聖書でいう堕ちた事で神が作り出した光を浴びる事を禁じられた天使の事を言うんだ。それから日本古来の妖怪や、西洋の伝承に現れる所謂化け物達が現れ始めた。彼らは表舞台に出ることを避け、姿が見えなくなる黄昏時から夜を越えて黎明までの時間を、人目を避けて活動していた事から同じ様に夜の子と呼ばれるようになった。光の世界を生きるのが人の子なら、影の世界を生きるのが夜の子だね」

 お伽噺に現れる鬼などの存在は昔から、それこそ聖書が語る伝承の時代まで遡る事になる。確かに人以外が出てくる昔話や、神話は沢山あるわけだが、それが全て夜の子の存在に直結していたのは意外だ。
 紫郎は明星の説明から、改めて緋音が夜の子と呼ばれる者達の中の吸血鬼になったのも分かる。しかし、碧や明星が連れてきた生徒達は普通に陽の中を歩いているがそれはどういう事だろうか。疑問は次から次へと話を聞けば聞くほど溢れ出してくる。

「ここ近年、それこそ10年前ぐらいから、この町で突然変異か分からないが変異種が出始めてね……本来一部を除き夜の子は遺伝によって種を増やすのだが、源碧や相模緋音の様に人の子が突然夜の子になる現象が起き始めた。しかも特別な力を持つと共に、皆本来の夜の子の特徴を一部引き継いだような、我々から見れば所謂欠陥だらけの存在だったんだよ。それに急に感覚等が狂うわけだ、人の子にはとても耐えられない。多くの者が暴走したよ」
「10年前……?」

 流石に心の中の疑問にまでは答えてくれないが、後で訊いておこうと紫郎は思う。
 明星が話した10年前と言えば、緋音と紫郎、紅助の3人が富間神社で化け物に襲われた事件もそうだ。

「あの時神社でアートルムが追い掛けていたのも、突然現れた変異種だ。彼の家族は今でも変異種として暴走し、アートルムに殺された彼の帰りを待っているだろうな」

 明星の言葉に、緋音の表情が曇る。突然人が消える悲しみを知っている緋音にとって、それはトラウマでもあった。確か、あれも10年前だったか。

「そんな……」
「人々を脅かす者は消す……残念だが、それが教会だ。そうだろう?相模紅助」
「……まぁな、だから俺はあそこから出た」

 不機嫌そうに紅助が答えた。
 志藍は教会の裏の顔をここで知ることになったわけだが。同時に教会関係者の紅助が何故職探しをしていて、この学校の警備員を選んだのかを理解した。
 少し話した事から推測した彼の性格からして、話に聞く教会のやり方と合わなかったのも理解出来る。

「教会の話もしておこうか、本来教会は御子と神を信仰する集団であったが、神に逆らった我々夜の子達を強く怨み、特に人の子に危害を加えた夜の子を消すようになったのだ。私は、夜の子が平穏に暮らせるよう、そして人の子に危害を加えないよう見守って来ていたわけだが、10年前から急に増えすぎた夜の子に対処出来なくなってきてね……それと同時に異形化……私は『夜化』とも呼んでいるのだが、それも防ぐのは無理と言っても良いぐらいでね。更に近年では教会で夜の子達を1人残らず殲滅しようという話も出ている」
「そんな事言ってた奴もいたな」

 辛うじて教会はまだ暴走した夜の子を探しだして消すというだけに留まってはいるが、明星の言い方からして、いつそうなってもおかしくない状況らしい。
 紅助も知っている事というのもあって、話に信憑性があることには間違いない。そうなれば、いつ学校がまた昨日の様に襲われてもおかしくない。

「我々は人の子の社会を学ぶと共に、アダンの計らいで学校に通う夜の子達を守ってきたわけだが、源碧や昨日の襲撃の通り、やはり手が足りない。そこで、昨日付けでこの学校の警備員が辞めた事を良いことに、村雨志藍、君を呼んだんだ」
「僕を……?」
「あの校長、お前らとグルだったのかよ」

 志藍が選ばれたのは偶然ではないという事に、紫郎は気になったが理由を聞くべきか一瞬躊躇った。志藍の過去は少し聞いていたが、その話だけでも中々波乱の人生だったと推測出来る。

「君は日常が壊れる事にある種のトラウマを抱えていて、とても優しい……だからこそ、君なら相模紅助と学校を守ってくれると確信したんだよ」
「確信ってそんな……」
「村雨さんにも、そんな過去があったんですか?」

 同じトラウマを抱えた者同士というやつか、緋音が志藍の過去に興味を持ち呟くように質問した。
 志藍は苦い顔をするが、ここにいる人達が正体を明かした事に対して、自分が隠しているのは不公平だという罪悪感を感じていた。

「僕は……別の町で7年前、中学三年の卒業式を約1ヶ月後に控えたある日、学校である事件に巻き込まれて、人の身でありながら不思議な力を手にしました。政府が関与していた為に、能力が暴走した学校の生徒達はほとんど殺されて……学校は閉鎖されて生き残った数人の中でも、政府に対抗する者と、このまま平穏に暮らす事を選ぶ者に別れましたが、能力のコントロールが難しくて、皆すぐには社会に溶け込めませんでした。僕は、政府に復讐しようとした幼馴染みを止めるために、卒業しても高校に行かず警察で訓練を積んで……彼女を止めました。揉み消されたあの事件で、今生き残っているのは僕と刑務所にいる彼女だけです」
「そ、そんな事、私……ご、ごめんなさい……」
「良いんです。皆さんも色々教えてくれましたし、僕、嘘が嫌いなんです」

 泣きそうな緋音の顔に、志藍は思わず笑いかけた。その笑みには悲しみが込められているわけで、余計に辛くなるばかりのそれに感情を抑えきれず、緋音は紫郎に泣き付いた。

「ホントに、苦労してたんだな」
「僕が選んだ道に、後悔はしていないので」
「良く話してくれたね。ありがとう」
「僕はあなたが僕を知ってる事の方がびっくりですよ」

 突然日常を壊されたという志藍の話を、緋音は想像してしまったのだろう。しかし、気になるのは政府が何をしていたのかだが、あまり詮索して余計な敵を作るべきではないだろう。10年前からの現象に繋がっていなければ良いのだが。

「にしても良く監視も付かずに出れたな」
「それは上司が所謂適当な人なので……」

 紅助の言葉に志藍は苦笑いしながら答えた。なるほどね、と納得する裏で、紅助は少し考えるような顔を見せる。きっと話に聞いたアートルムの事を思い出しているのだろうと、推測する。紅助の話によれば彼も彼で軽い人物だった。
 悲しみを堪える緋音に対して、紫郎は緋音の原動力の1つになっているもう1つの10年前の事件を伝えるべきだと考えた。
 緋音がどんな子なのか、伝えるべきだと。

「緋音、良いな……?」
「……うん」

 紫郎が何をしたいのか察した緋音は、小さく返事を返した。その言葉は掻き消える程にか細く、それだけで、緋音はまた紫郎のシャツを強く握った。

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