小説

□足元の花
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神様はアダムに言った。

土は土に、灰は灰に、塵は塵に――

アダム、君が死ねば君は土に還るだろう。



それはアダムが土から造られた事に由来する。
では、この世界のアダムは何から生まれた?
なら、アダムを造り出した神は?
そもそもアダムはいたのだろうか?


神は試練を与えると言うが、それはなんだ?
この世界はなんだ?俺に与えられた試練はなんだ?人間に与えた試練はなんだ。

――誰か答えてくれ。

誰か!



『お前はまだ、死んでいないのだろう?』
『なら、ヤることはただ1つだ。』


何処からか聞こえた声に答えるように立ち上がった。
背後から吹き抜けていく風は、背をかわし、くわえていた煙草の煙を拐い先へと行ってしまった。
顔を上げた目線の先には、ドームのように東西南北に広がる満点の星空。
目線を下ろせば、同じく地平線の彼方まで砂だけの世界が広がる。
そのまままっすぐ、目線を横へスライドさせて行くがやれどもやれども見えるのは砂、砂、砂。
絶望的という言葉が良く似合う、そんな景色だ。

空の星は煌めいて、それだけが心の救いになるような気がした。
くわえていた煙草の火が消えかけている。
煙草を吐き出し足元の砂の山へと落とせば、『役目』を終えた吸殻は砂へと変わり、下の砂と同化した。

大丈夫。

「俺はまだ、人として終わっちゃいねぇ。俺はまだ、死んでねぇ」



この世界から、必ず――


「必ず生きて出てやる」




屍山の王






一晩が明け朝になる。
空には太陽が輝き、何もない世界を照らす。
砂漠ほどの暑さが無いここでは逆に着込まなければ、皮膚を殺され結晶化し砂として崩壊していくこの世界ならではの病気になると教わった。
上着の帽子を深く被り、今日も町を探して歩く。
音は砂を踏む音のみ、もう聞き慣れた音だ。次第にこの音が子守唄になると、誰かが言っていた。

全部誰かの記憶、以前居たまだ『機能』が残っていた町に住んでいた人々から聞いた記憶。
『奴等』から身を隠すには持ってこいだと――。
そう言えば暫く奴等に遭っていないな。
奴等とは、この世界の支配者みたいなモノで、とにかく不思議な生き物――いや、生き物と言って良いのか分からない。

ふと足を止める。
突然現れた砂の山。大きな生き物が死んだのだろうか。
その大きさに驚いたが、登れないわけではない。しかし、足だけで登るのは難しいようだ。
両手で上手く身体のバランスを取りながら蜥蜴のように上へと登る。今、結構間抜けな格好しているだろうな。
登り切った先、山の上の景色は空にも思わず手を伸ばしたくなるような綺麗な水色が広がっている。

こんな状況でも無ければゆっくり見ていたいのだが、生憎先を急いでいる。
見下ろすように下を見れば、今日にでも着けそうな砂に埋もれた高層ビル群が見える。
人が居れば良いのだが、砂化していない事を考えれば町としての機能はあるようだ。

「さっさと行くか……」

改めて上着の帽子を被り直す。
覚悟を決めたように一言呟き、前へと足を踏み入れた。
その瞬間、爆音と共に背後の砂が吹き飛んだ。
『奴等』だ。
急ぎ砂の山を駆け降りる。何が来たか、確認出来るほどの余裕は無い。足場の悪いここからまず離れる事、それが最初にするべきことだと判断した。
砂に足を取られ、大きく前へと転倒しそうになる。

「くそっ」

上手く両手を伸ばし、背中を丸め、まるでマット運動の様に砂の上で1回転を決め、尻で滑り落ちるようにした。
幸い、こちら側の傾斜は緩やかだ。
勢いが無くなった頃に立ち上がり、また町の方へと走るが、町に入るわけではなく、町の周辺は砂が均されていて戦い易い。

足元の砂が押し上げられ、揺れるのを感じた。
下だ。咄嗟に前へと飛び込みその勢いのままに転がり、距離を取る。
先程聞いた爆音をあげて砂が舞い上がり、その砂の雨の中から人など簡単に丸飲み出来そうな巨大な蛇が現れた。
しかし、その蛇は普通ではない。
まるで骨格標本のように頭から尻尾の先まで骨。
どこで見ているのか目線の先の相手をしっかりと捉えると、丸飲みのために口を開けて飛び込んだ。
奴等にかじられると傷が出来、そこから一気に結晶化が始まる。
結晶化すれば自ずとそれらは砂となり、顎の隙間から落ちていく。故に、奴等は満たされる事などなく、常に空腹なのだ。


横へと跳んでかわすと、風が起こり、砂が巻き上げられる。
1つ、困った事に今手元に武器がない。
上手く頭の上に乗れれば脊椎を外して生き物としての機能を停止させる事は可能である。しかしそれには高度な技術を要求され、自分ではとても出来そうに無い。

どうしようか、そう悩む暇もなく、骨蛇は大きな口を開け、再び向かって来る。
それとほぼ同時に、町の方のビルの一室が光る。それを見逃さなかったが為に、反応が遅れた。
左腕から激痛が走る。

「っぐ、あぁああああぁ!」

その一瞬のうちに左腕が持っていかれた。食い千切られたのだ。
刹那うちの出来事ではあったが、痛みはぐるりと蛇が方向を変え、また狙いを定めている今でも続いている。
痛む肩を押さえ、蛇を見るが、左腕は既に砂へと変わったようで、まだ足りないと言ったふうだ。

「くそっ」

万事休すか、覚悟を決めたように上着のポケットから煙草の箱を取り出し、慣れた動作で器用に一本上へと上げると、口へと運んだ。
血の匂いがする。
煙草を戻し、同じポケットにあったライターで煙草に火を点けた。
最期の一本、じっくり味わうか。腕の痛みが少しでも和らげばまだ良いのに、そう考え、立ち上る煙を見つめる。
蛇はモノを引き摺る大きな音を立てて、逃げられないようにと長い身体を活かして塀を造り出す。

また、ビルの一室が光る。
蛇が口を大きく開け、ゆっくりと迫る。死ぬ瞬間は時が止まったようにゆっくりだと言うのはこう言うことかと、妙に納得出来た。
鋭く痛そうな牙は先程の食い千切るような芸も出来るのだと、それにも納得した。

「つまんねぇ最期だなぁ、おい」

そう自分に言葉を送り、口角を上げた。

一瞬、煙草の煙が風に流れた。
先程まで止んでいたのになんでだと、疑問に思っていると、蛇の頭がぐらりと傾いた。
破裂音と同時に、蛇の両目から黒い液体が流れ出す。
何が起こったのか、理解するのを止めた。ただ1つ、生き延びたという事を除いて。

蛇の巨体が砂へと変わっていく。その様子を眺めて、医療道具を探しに町へと行こうと方向を変えようとした視界の端で何かが映る。
気になりまた向き直ると、そこにあったのは一本の木の枝。
しかし、枝にしては変だ。鳥の羽根が付いている。
ある推測を持って枝を引き抜くと、枝の先には良く研かれて鋭利な刃物となった金属が付いていた。
矢。間違いなく町に人がいる。
その安堵と同時に自身も狙われているのではと考えた。

「どちらに知ろ、ここは漫画か何かかよ、あそこから届くか?フツー」

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