一抹の光

□君で世界を塗りつぶす
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失恋した。
それだけで私の世界はがらりと変わるものだ。
まるで色を失ったかのように、今までとは全く景色が違って見えた。

それほど彼のことが好きだったのだ。

そのことを頭で反芻するだけで目頭が熱くなってくる。
家に帰るまでは泣くまいと決めたのに。
瞼を真っ赤にはらして帰る姿を誰かに見られて、
一体どうしたんだと声をかけられた瞬間に、
耐えられず泣きだしてしまいそうだったから。

無理矢理彼のことを忘れてさっさと帰ろうと、
重い両足を引きずるように家に向かう。
そうして、
ああ、誰にも知り合いに会わずに帰ってこれた。
と思って気を抜いたときだった。

「遅かったな。」

ぎくりと俯いていた顔を玄関先に向けると、
何故か岸辺露伴がそこに立っていた。
まさに、今一番会いたくない相手だった。

「…何の用?」

ぎり、と睨みつけるも、
内心動揺を抑えるのに必死だった。
もう、今日は誰にも会いたくないのに。

「そんなに睨むなよ。
 大した用じゃない、
 ちょっと貸してほしい資料があるんだけど」

「ああそう。
 じゃあそれ借りたらさっさと出て行ってくれる」

鍵を開けると、私はさっさと中へ入った。
普段から私の露伴への態度は冷たいものだが、
後々冷静に考えると今日の態度はあからさまに酷いものだったと思う。
明らかに普段よりイライラしすぎていた。
流石に露伴も訝しげに眉間に皺を寄せ、私の顔を覗き込む。

「おい、なんだよその言い方は。
 いつも以上に年上への態度がなってないぞ」

「なによ。一つしか変わらないくせに。」

お願いだからそんなに顔を見ないで。
と、逃げるように顔を背ける。
すると、露伴は容赦なく私の肩を掴んで引き寄せた。

「な、なにす…!」

「『ヘブンズ・ドアー!』」

一瞬、私の意識は途切れた。
…そして、ふっと意識が戻ると、
くったりと床に座りこんでいる私を、
露伴が抱き起こしているような状態だった。
露伴は、先ほどよりは大分緩んだ表情をしていた。
というより、少々呆れているようだった。

「……ばかだな、」

「な、何がよ…てか、なんなのよこの状況は」

「失恋くらいでそんなに落ち込むなよ」

「!!……なんで、知ってるの!」

「えーと…超能力?」

「ば、馬鹿言わないで!」

「じゃあ、ぼくの勘ってことで」

「……もういい」

なんだか状況がわからないけれども。
こいつに、露伴に知られたことが悔しい。
弱みを握られたというか、なんというか。
多分、露伴に弱いところを見られたくなかったのか。
自分が情けない人間だと思われたようで仕方がなかった。

「失恋くらい、誰だってするだろ」

さらりと露伴がそう言った。

「露伴も失恋したことあるの?」

「……昔に一度」

詳しくは言いたくなさそうな素振りだったが、
露伴はそう一言言うと、小さく笑って、

「それと最近に一度」

と、付けたした。

「ふうん…やっぱり、その性格が問題なのかしら」

「その台詞、そっくりそのまま君に返す」

他愛ない言い合いをして、笑いあっているうち、
失恋のショックなど、涙など、どこかに飛んで行ってしまった。

「不思議。
 露伴と話してたら大分落ち着いた」

「失恋なんかで落ち込んでたら時間無駄にするぞ。
 男なんて腐るほどいるんだし。」

「そうかもね。
 …もっといい男がいるはずよね、うん」

少しだけ私の世界には色が戻って来て、
まだ少しだけ切なくて、悲しいけれど。
もう、心から笑える。

「…えと、露伴。
 これ、借りたいって言ってた資料」

「ああ…悪いな」

「あと、…あの、
 ……ありがと、ね。」

資料の本を渡しながら、言い慣れてないお礼を言う。
あまりにこっぱずかしくて、上手く口が回らなかった。
そして露伴の顔が直視できなかった。

「……あ、…あぁ」

露伴の方も、多分違和感を感じたのだろう。
嫌味を言うタイミングを逃したのか、素直に資料を受け取って。

「じゃあ、また。」

素直に帰宅していったのだった。



***



「……馬鹿はどっちだ…」

ぼくは帰路で頭を抱えた。
耐えきれずヘブンズ・ドアーを使った結果がこれか。
思わぬ収穫はあったが、相変わらず言いたいことは言えないままだった。

――…ありがと、ね。

あの照れたように言った一言が、頭に焼きついて離れない。
彼女が目を逸らしていたお陰でばれなかったが、
ぼくも相当狼狽し、赤面していたのだった。
この様な有様では、ぼくの二度目の失恋を挽回するまでは程遠い。







―――――
一歳年下、後輩漫画家な夢主


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