Singing voice
□I'm here
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私があの森を訪れる理由は、あの日から二つに変わった。
価値観も、大分変わっていった。
そのときの私は、きっと得体の知れない安心感で満たされていたんだと思う。
そう、私は油断しきっていた。
油断で、気をつけなければいけないことを、私は忘れてしまっていた。
温くなったお茶を口に含む。
「…ふぅ」
ほっと一息ついて、私はもう一度、眼を閉じた。
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…どうして、朝から夕方まで一日の半分近い時間を学校のために使わなければいけないんだろう。
ある有名な学者さんの夫もそういえば言っていた。
「一日が二十四時間だなんて誰が決めたんだろう」と。
そう、たった二十四時間しかないのだ。
ちょっと計算してみよう、私はこの学校に入学してから卒業までの六年で、どのくらいの時間を無駄にしてしまうのか。
朝8時に学校に着いて、その五十分後に授業ははじまる。
それまでに予習復習を済ませるから、実質自習時間で…。
そしてこの学校から外へと出られるのは基本的には夕方の四時だ。
となるとおおよそ八時間、私は学校に拘束されることとなる。
夏休みと冬休みと春休み、土日などその他諸々の長期期間の総計は…せいぜい九十日くらいだろうか?
一年を365日として休みを引くと275日。
275×8は2200時間…分にすると132000分…秒にすると7920000秒も私は時間を無駄にしている。
…我ながら、良く此処までめげずに机の上に計算をしたものだ。
睡眠と授業時間を足すと大体十五時間、余った時間は九時間、その九時間を計算する気までは流石に湧かなかったけれど。
「ふわぁ」
単純な筆算なのに、疲れてしまうのはやっぱり現実を叩きつけられたゆえか。
それとも、数字や元素記号様と縁のない私がうんうん頭を無駄に使ったからか。
…うん、我ながら馬鹿なことをした。
そう思いつつ、目だけを動かしてあたりを見渡す。
教室には誰もいない、私一人。
帰る相手もいなければ、無駄に考え事をしている私を待っていてくれる相手もいない。
…ほかのクラスに友人はそこそこいるんだけれど。
一緒に毎日べたべた並んで帰るような仲でもない。
近すぎず遠すぎず、それが一番楽な距離だと、私は思う。
(帰ろう)
がたりといすから立ち上がって、机の落書きを消す。
それから鞄を持ち、私は誰もいなくなった帰り道を駆け出した。