Singing voice

□tear
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冷えた身体を温めるように、私は身体を少し丸めた。

この後何があったんだっけ?

少しだけ、胸が苦しい。

でも、思い出したい。

思い出さなきゃ。

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「姉さんとあの人はすごく不器用だったんですよ。
姉さんは彼に上手い言葉をかける術が分からなくて、彼は姉さんと上手く接する術がわからなかったんです。
それでも三ヶ月、二人はちゃんと会っていたんですよ。
とても奇跡的なことです。私はカカシさんが突き放し続けたんじゃないかって、この話を詳しいところまで知るまでは思っていましたから」

隠れていた月が、少しだけ現れる。

でもまた、その先にいた別の大きな雲の中にすっぽりと隠れた。

どうやらしばらく、私達を光で照らしてはくれないようだ。

この場の空気を読んでくれているのか、それとも別の遠い誰かの心を現そうとしているのか、それとも本当にたまたまなのか。

たまたまにしては出来すぎた演出だと、私は小さくほくそ笑んだ。


「九尾が里に現れた時。
忍の階級など関係無しに、とにかく時の火影…四代目が現れるまでの時間稼ぎをし続けていたそうです。それか自分の家族を安全かもしれない場所に逃がしたりもですね」

「姉さんは…そのときちょうどカカシさんと一緒にいたんです。
カカシさんは姉さんに『逃げろ』と言いました。この時点で、彼はもう、自分の気持ちに気づくべきだったんですよね。まぁそれはさておき。
でも姉さんは強い語調で、まっすぐ彼を射抜くような瞳で言いました。
『私だって忍なの』と。
彼はそこで止めるべきだった。あの人を追いかけるべきだった…。
今も彼はあの慰霊碑で、ずっと後悔しているんですよ。あの手を掴んで、ちゃんと離さないでいたら良かったんだって」

月の光が、雲の隙間からこぼれることは無かった。

よく耳を澄ませば、かすかに虫の音が聞こえてくる。

どこかで聞いたことのある音だと思えば、そういえば学校に続く道を行くときにも同じような音を聞いたことがあったっけ。

たまたま横を通り過ぎた先生が、「蝉だな」って呟いていたはずだ。

あまり虫が好きではない私が、はじめてこの高音の音色を奏でる相手が蝉だと知ったのもこの時だ。

それ以来、蝉の音には比較的過敏に反応する能力が、私には備わっていたはずなのだけど…何故だろう、この状況と心情が原因だからだろうか?

あんなにはっきりと聞こえるはずの蝉の音も、今この場所では遠くからのものにしか感じ取れなかった。


「香月一族には秘伝忍術があるんです。
歌術って言うんですよ。歌の術と書いて『かじゅつ』って読むんです。読んで字の如く、香月一族は歌を使って術を発動します。
印を組みながら、とりあえず歌うんです。その歌を『誰に向けて歌うか』で対象が決まります。
姉さんは九尾に向けて、眠りの術を使ったんです。でも姉さんには、一瞬動きを止めることしかできなくて…そのまま、姉さんは九尾の尻尾で…」

蝉の音が、止まる。

夜の冷たい風が、私達の間を通り過ぎる。

変わらなかったのは、一筋の表情すらも見せない月とネジさんだけだった。

「地面に叩きつけられた姉さんは、もう動く力もありませんでした。
ずっと姉さんの行動を見守っていたカカシさんは、すぐに姉さんのそばに行ったらしいですよ。そのときに見た姉さんは、もう喋ることも出来ないはずだったんです。
でも姉さんはすごい人でした。
確かに私は姉さんのお陰で、いろいろなものを失いましたが…姉さんのこと、尊敬はしているんですよ」

「姉さんは…カカシさんを見つけるなり、印を組んで…息を吸って…でも声が出なくて…それでも諦めずにもう一度息を吸って…。
姉さん、歌おうとしたんです。カカシさんのために何か出来ることをしようとしたんだと思います。歌術はもともと、医療系の術ですから…」

「カカシさんは姉さんに、『もういいから』と、止めました。
でも姉さんは止めなくて…カカシさんが怒鳴っても止めなくて…どのくらいそれを繰り返したでしょうか、ついに姉さん笑ったんです。
『上手く歌えなくてごめんね』って…そのまま・・・」

時は止まった。

ゆっくりと毒が、髪の毛先に至るまでを蝕んでいくように。

潮がゆっくりと満ちていくように。

夕凪に似た静寂が訪れる。

白い霧が、全てを覆い隠した。
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