夢への架け橋

□夏冬雪花
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「落とし物、届いてる?」

 いつもの昼下がり。息を切らしながら、交番の入り口を覗いてるのは、一人の制服姿の青年。

 彼は、週に一回必ず落とし物をして、取りに来る落とし物常習犯だ。先週は、携帯。先々週は、パスケース。なんでこんな大事なものを毎回落とすのかと頭を抱えてしまうほどの、落としっぷり。

 何故かそれを九割の確率で私が拾っているせいか、彼の名前を憶えてしまった。

「夏雪(なつゆき)君。あなた落としすぎ」

「大丈夫。いつも冬花(とうか)さんが見つけてくれるし」

「私は探し屋じゃなくて、警察なんだけど」

「警察の勤務に、落とし物預かりってある時点で、探しもの屋でしょ」

「そうやって揚げ足をとる」

「えへへ」

 少しはにかんだように笑う夏雪君の笑顔は、ちょっぴり意地悪で、けれどとても優しい。私はこの笑顔が、好きだったりする。

「はい。今度は落とさないでね」
「サンキュ、サンキュ」
「たく、もう。ほら、学生は早くお家に帰る」
「はーい。じゃまた来週ね。雪花さん」

 ちゃっかりと来週も落とし物をする宣言をして去っていく夏雪君に、私は軽くため息を吐きながら、通常業務に戻る為、席につく。

 彼の週間落とし物が始まってから、約一年。それは、私のこの交番勤務が一年経とうとしていることを意味していた。初勤務で、沢山の失敗をして、先輩に怒られて、落ち込んだ時も、夏雪君の笑顔を見れば元気になれた。

 そんな私の心の中に、この感情が芽生え始めたのは、きっと必然だろう。

「けど……向こう未成年だし」

 彼が卒業したら言ってもいいかな? そんな淡い期待を抱いていた私は思ってもみなかた。その思いが打ち砕かれるなんて。

 それは、いつも通りに終わると思っていた、数ヶ月後の夜だった。

「あの!」
「あ、この前はありがとうございました。また何か、拾われましたか?」
「違うんです。夏雪、弟を知りませんか?」
「弟……?」
「お願いです。病院から消えた夏雪を探してください!」

 たまに夏雪君の落とし物を届けてくれた大学生の春幸君は、教えてくれた。夏雪君は末期のガンで、最近は、歩くのもやっとだという事を。夏雪君と出会ったあの日、病院で寿命一年の診断を受けていた事を。彼の我儘で、週に一回だけという条件で落とし物を口実に、初めて好きになった私に会いに来ていた事を。

「そんな……」

 知らなかった。……いや、違和感はあった。それを、夏雪君に会うという理由を失くさない為、無意識に目を逸らしたのは自分だ。

「最低だ。私」
「先生が言ってました。本来なら、寝たきりになってもおかしくない状況なのに、ここまで元気なのは奇跡だって。きっと雪花さんがその奇跡の根源なのだろうって俺は今でも思ってます」

 そう言って笑う春幸君の表情は、夏雪君に似ていて、本当に兄弟と思うと同時に、夏雪君を思い出して、胸がツキリと痛んだ。

 その後、私と春幸君は、夏雪君を探して走った。走って、走って。まさかと思って行ったそこに、彼は居た。

 初めて彼の落とし物を見つけたあの場所に。

「夏雪君!」
「やっぱり見つけてくれた」

 そう言って笑う夏雪君を駆け寄って抱きしめた。きちんと彼の顔を見たいのに、何故かぼやけた視界がそれを阻害する。

「雪花さん。泣かないでよ」
「だって、だって……!」
「笑って。……雪花さんの笑顔好きだから」
「う……ん」
「そう。その顔が見たかった」

 そっと触れてきた夏雪君の指は、この世界から彼の存在が零れ落ちていっているのを私に知らしめるかのように、冷たくなっていく。

「俺さ。雪花さんの事、好きだよ。大好き」
「私も、夏雪君の事が好き。だから  」

 刹那、暖かい雪が言葉を奪った。

「それ以上は駄目だよ。俺は十分幸せだから」

   雪花さん。俺が最初に落としたモノ。拾ってくれてありがとう。

  貴方に会った瞬間、落ちた恋心を。

「これが最後の落とし物」

 日付が変わる。いつも夏雪君が落とし物を取りに交番へ来る曜日に。直後、力が抜けた彼の手から何かが落ちた。それを拾った私は、目を見開き、笑ってしまった。

「最後に……かっこつけすぎ」

 涙が溢れる。落ちたそれは、掌にのる指輪と共に優しく輝いていた。


 
 

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