夢への架け橋
□最悪のバレンタインデー
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とある病院の霊安室。そこに、俺はいた。仏壇の前にポツンと置かれたベッドには、まるで眠ったように横たわったあいつがいる。サスペンスドラマで良く見る光景。それが余計、現実感を失わせていた。
また明日。そう言って、あいつは笑って手を振ってたんだ。いつものように別れて、また明日いつものように会って、話して……そういう日常が来るって思ってたんだ。
なのに、なんで、目の前にいるお前は起きてくれないんだ?
「お願いだ」
いつもみたいに、名前を呼んでくれよ。笑ってくれよ。話しかけてくれよ。そう言うが、あいつの目は開かない。
それはそうだ。今日、登校途中にこいつは交通事故に巻き込まれて死んだのだから。
もう何度目か分からない程、彼女の顔から外した白い布をもう一度、取り払う。交通事故にあった割には、綺麗すぎる顔のせいか、こうしてこいつの遺体を見ても、彼女が死んだって信じられなかった。
けど、現実は残酷で。そっと触れた彼女の手。いつもなら自分よりも少し暖かいのに、死体になった彼女の手は、まるで氷のように冷たい。その事実が、俺にこいつが死んだってはっきりと言っていた。
「……なんでだよ」
なんで、お前が死ななきゃならなかったんだよ。知らぬ間に、零れ落ちそうになった涙を乱暴に拭おうとした。その手に握られていたのは、あいつが俺の為に作った手作りのチョコレート。
「ねぇ、明日なんの日か覚えてる?」
「なんだっけ?」
「バレンタインデーだよ。バレンタインデー。私達が付き合いだした日でもあるんだけど……まさか、忘れたなんて言わないよね?」
「冗談だよ。なんだ? 作ってくれんのか?」
「あったりまえでしょ! とびっきり美味しいチョコ作るから、明日楽しみに待っててね!!」
そんな会話を昨日したのが、鮮明に思い出され、また泣きたくなった。昨日まではいつも通りにあった彼女の笑顔。彼女の声。それがもう聞けない、見れない事がこんなに悲しく、胸が張り裂けそうに成る程辛いなんて、まだ知りたくもなかった。
事故のせいで放り上げられた鞄に入っていたチョコは、包装もぐちゃぐちゃで中身も割れてたけど、あいつが俺の為に作ってくれた物という事が、何よりも嬉しくて、けどそれを渡してくれるはずだった彼女はもういない事が、とても苦しかった。
「最悪のバレンタインだな」
呟きながら、ポキリとチョコレートを食べる。甘いだけのそれが、何故か少ししょっぱかった。
それ以来、俺はチョコレートを食べていない。