真紅色の育成日記
□罪人(中編)
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(アッシュ視点)
「よく来たね。アッシュ君」
そう言って柏原さんは俺を招き入れてくれた。
あれから、奏に言われたように俺は柏原さんの家に行ったらしい。
奏が家を出て行ってから柏原さんに声をかけられるまでの記憶がないのだ。どうやら、無意識に奏に言われた事を実行していたらしい。
家に入った後も、自分で自覚できるほど混乱しているのが分かった。
奏が師匠と呼んでた男のこと。
奏の大切な人だと殺されるということ。
奏が出してきた服から微かに血の臭いがしたこと。
奏の気配が家を出た瞬間、有り得ない程変わったこと。
奏の気配が変わった瞬間を思い出したのか、俺の体がぶるりと震えた。
俺は奏の気配を暖かい日溜まりのように感じていた。草原を優しく照らす、安心感を抱く春の太陽の日差しようだと。
けど、あの時の奏は違った。
あの時の奏は、まるで氷のようだった。
触れると手を切りそうな程、鋭く尖った氷の刃。全てのものに恐れを抱かせる、近付いては絶対にいけない。けれど、どこか儚く、何かの拍子に全てが崩れてしまいそうな雰囲気を感じた。
多分、あの時の奏に見つめられたら、俺はあまりの恐怖に体を動かすことができなくなるだろう。
なんであんな奏に似合わない気配を彼は纏っていたのだろうか? 他の疑問よりもその疑問が一番俺の頭を占めていた。
「まさか、あの人がこんなにも速く帰ってくるとは思わなかったわ」
「あの人……?」
俺の前にココアを置きながら、呟いた柏原さんの言葉を俺は聞き逃さなかった。
そう言えば、奏は柏原さんを柏原大佐の奥様と呼んでた。もしかしたら、柏原さんはあの奏の事も何か知っているんじゃないだろうか?
そう考えたら、もう止まらなかった。
「あの奏の事を知っているのか?」
「え?」
「家を出た瞬間の奏は、まるで氷のような気配を纏っていた。それに、あの男は昔、奏の全てを排除したって言ってた。奏の大切な人を殺すとも。
奏は仕事と言っていたが、バイトの他に何をしているんだ?」
「……」
荒ぶっている心とは裏腹に、出た声はやけに冷静だった。
一方、俺の言葉を聞いて柏原さんは視線をさ迷わせる。言って良いのかと悩んでいるように俺には見えた。
「……これは、他の人に言わないでね」
暫くの沈黙の後、柏原さんの言った言葉に俺は頷く。それを見て決心が付いたのか、柏原さんはゆっくりと話してくれた。
俺の知らない奏の姿を――。