桜の記憶

□最善の策
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最善の策



 俺はゆっくりと目を開ける。

 全てを思い出した。


 俺が兄達に体を乗っ取られ、研究所の人を皆殺しにした事も。


 藤貴をこの手で殺していて、ある目的の為に閻魔が藤貴の魂を現界に呼び戻し俺を封印させた事も。


 あの大量殺戮は兄達だけではなく、自分の意志も少しながらあった事も全て。


 俺は見回すと姿が見えない彼女の名前を呼んだ。


「桜花」


「なんだ?」


 すぐ後ろから聞こえてきた声に俺は驚きもせずに振り返る。俺の表情を見て分かったのだろう。桜花はゆっくりと口を開く。


「思い出したか?」


「あぁ、今度こそ。全てを」


 瞬間、桜花の顔が歪んだ。泣きたいのに泣けないそんな悲しい表情。


 否、多分桜花は自分の役割を知っているから泣けないのだ。その役割を押しつけたのは、紛れもなく自分だけど。


 桜花を見ていられなくて視線を逸らすと、ぼそりと桜花の声が聞こえた。


「どんな手を使ってでも、そなたには本来の役割の為にも全て記憶を取り戻さないといけなかった。藤貴もそうじゃ。そうしないと……」


「兄達の闇の力が世界を崩壊させるんだろ。もう百年近く経ってるからそれくらいにはなってんだろうな」


「けど、どちらに転んでもそちらには悪い事ばかり。そう考えると本来の記憶など戻さずに死神代行の都筑雅斗として生きた方が良かったもしれない」


 そう言って唇を噛む桜花に俺は首を横に振る。本当は抱き締めてあげたいけど、今の俺には出来ないから。


 せめて、言葉だけでも伝えよう。


「俺は封印されたあの時、こうなるって分かってた。兄達の暴走を止める事は根本が同じである自分しかいないって事も。
 あの時はまだ色々と幼くて、闇以外何も分からなくて、こんな闇ばかりの世界ならいっそ消えてしまえばいいのにって思ってた。けど今は違う」


 一端、言葉を切り桜を見上げる。どこまでも美しく散っていく桜は今の俺のあるべき姿を記しているように見えた。


 唇に笑みを乗せ、言葉を続ける。


「今の俺には守るべきものが分かる。生きてて欲しいと思う大切な人がいる。この世界が好きだと言える理由がある」


 数百年前、闇でしかなかった自分の世界。そこに光を翳してくれた人達が自分にはいる。


 確かにあの時より敵も強くなっているかもしれない。


 けど、今の自分なら大丈夫。


 だって、もう俺は……。


「1人じゃないから……」


 だからこそ、大切な世界を壊さないためにも自分はこの魂を散らそう。


 目の前で咲くこの桜のように……。


 俺はそっと兄達の呪縛が絡まった左腕を上げた。先ほどまであれほど動かなかった腕が今度はすんなりと動く。


 正確に言うと、腕から先が闇に溶けて消えてしまっただけだけど。


 多分、俺の魂と兄達の魂の同化が始まってきたんだろう。あまり時間がない。


「桜花、俺がこの世界から出れる時間はあとどれ位ある?」


「同化がかなり進んでいるからな……もって数十分というところだろう」


「それだけあれば十分だ」


 俺は二カっと笑った。迷いなんて無い。それに失敗だって絶対に許されない。


「桜花、最後の決着をつけに行くぞ」


 すっと消えてない方の腕を横に出すと、数瞬後にかすかな重みが掛かった。横目でそれを見ると見慣れた鎌が俺の手に収まっている。


 俺はその鎌を強く握ると、桜に向き合う。そして、鎌で思い切り桜を切り裂いた。


 バキリと言う音と共に出来た空間――現界への最後の入口に近付きながら、俺は呟く。


「行こう。……桜花」


 全てを終わらせる為に……。


 
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