偽人夢
□想像フォレスト
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生視点
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夏風が窓をノックする。
クーラーなんて物がついていない部屋に、少しでも空気を入れてやろうと、窓を開けた。
チチチ
何処からか迷い込んだ鳥の声。
スッと私の隣りを横切って部屋まで入ってきた。
「ぴ」
「あれあれ、君は何処からやって来たんだい?」
先程まで読みかけていた、何万と読み続けていた本を閉じれば机の上に置き、私の上で飛び回る小さな鳥に話し掛けた。
私は、伸び切った前髪を掻き分け目隠しをした。
私がこの森にある小さな小屋に住んでる理由は、誰かを傷付けてしまうから。
小さい頃、私はお父さんとお母さんと一緒に三人で住んでいた。
だけど何時しかお父さんは亡くなって、私はお母さんと二人で静かに暮らしていた。
町外れの森の中、人目につかないこの家を訪れる人などいない訳で、私達は誰かに理解をされないまま此処まで来た。
それと云うのも、私達はメデューサという奇怪な生き物だったから、だろう。
複雑に怪奇した世界はある時、たった一人の大切な家族…お母さんをも奪ってしまった。
私が、家からすぐ近くのお花畑でお花の冠を作っていた時だった。
まだ私が小さな時だったからあんまり覚えていないけど。
普段避けられ続けている私に珍しく話し掛けてくる男の子がいて、なんだろうと思ったらいきなり木の枝でなぐられた。
髪だって引っ張られたし、いたかった。
でも、直ぐにお母さんがやってきて私を助けてくれた。
だけど、力を使ったお陰でお母さんは死んでしまった。
私の命と引き換えに。
私達家族の力は凄いんだって。
目を合わせると合った相手は石になっちゃうんだって。
しかも、そのちからをつかったら自分の寿命も磨り減っていくんだってさ。
お母さんがいなくなる前に訊いた。
勿論私の目もそうなっているみたいで。
物語の中なんかじゃ何時も怖がられる役ばかりで、そんなこと知ってる。
だから私は、何か生きてる物と話す時は普段手首に巻いている布でメカクシをするんだ。
「こんなの理不尽だ」
「ぴ?」
案外人生なんて私の中じゃどうでもいいのかも。
この突飛な未来を想像すればするほど外の世界は膨らんで行く。
今日か明日でも、誰か連れ出してくれないかな。
鳴る筈もないドアを一瞥すれば、小鳥は小さく「ぴ、」と鳴いた。
「早く助けに来ないかな、私の王子様」
「ぴぴぃ〜」
…なんて妄想なんかしてたら、鳥にまで笑われちゃったかな?
外を眺めながら風と鳥と戯れていると、突然、扉の向こうから喋り声が訊こえた。
「ぇ、嘘…!?」
がたた、と立ち上がればもう冷めてしまった飲みかけのミルクコーヒーを机中に撒き散らしてドアの向こうをみつめた。
「どうしよう…」
怖くて震える足。
だけど少し王子様を想像してしまった。
物語なんかでしか知らない世界に少し憧れることぐらい許してくれますか?
でも、期待よりも恐怖の方がおおきかった。
とんとん、
響き出したノックの音は初めてで、まだ誰も開けた事の無い扉が鳴る。
緊張なんてもんじゃたりないくらいで、涙を浮かばせられずにはいられなかった。
想像しているよりも実に簡単にドアを開けてしまうものだったんだね。
「ぁ、あ…」
「お!蝶左!なんか女の子いるぜ!」
慌てて目隠しを強く縛ろうと思ったら、するりと手から落ちてしまい、私は慌てて本に足を取られて転んでしまった。
「ぁいッ!!」
「ぉ、おいおい大丈夫か?」
「ドジっ子なワケ?」
慌てて身体を起こすも、震えて力が入らずに立ち上がれない。
彼等は、直ぐそこにまで迫って来ていた。
「ぁ…ゃだ、こないで…ッ!!」
目をふさぎ蹲る姿にその人は驚いて、私の肩に触れた。
そして私の顔を覗き込んでくるので、強く目を瞑れば、床に落ちた目隠しをぎゅっと握る。
だめ、このままだと石になってしまう。
彼等を傷付けてしまう。
「オイ、どうしたワケ?具合でも悪いのか?」
「大樹おふぅ、か?」
「大丈夫、な」
「あはは、でも本当に大丈夫か?えらい?」
「みなも、何か分るか?」
向こうは体調が悪いと思ってしまっているみたいだ。
でも、違う。
自分の肩を抱きながら前を少しだけ見ると、前髪の隙間から一人の可愛い幼女が見えた。
「ん、みなもにはわからない。ただ泣いている彼女が見えただけ…大丈夫?」
「そっか、ね、ほら体重こっちに寄越しな?」
ちらりと見えた顔に模様の入った男の子が、私の腕を引っ張った。
がくんとバランスが崩れて、彼にもたれ掛かってしまう。
なにこれ暖かい。
なに、これ胸が高鳴る。
そんな時、彼が前髪を掬った。
「ぇ」
「顔色見してみ?」
「ぁ、あ…やだ…やめて、よ…」
がくがくと震える足腰はいうことを訊かず遂に私の目は彼の模様をとらえてしまった。
「ぉ?大丈夫か?えらい震えてるんじゃねぇか、そいつ。烏頭目、一旦離れてみるワケ」
「えーだって心配じゃん」
思わず固まってしまい、私は目を瞑れずに動けなくなる。
ぱちりとほんの一瞬だけ目があってしまえば事の重大さに気がつき、勢いよく彼を押し退けた。
「ぅわッ!?」
「やめて!!…目を見ると石になってしまうの!離れて…ッ」
「!」
ぶるっと震えれば、その場にいる三人は驚いていた。
そして、遂に私が涙を流せば顔に模様の入っている彼はふわりと笑った。
私の肩をぽんとたたくと、彼は満面の笑みだった。
「俺だって、話すと緊張して石みたいにガチガチになってしまう、って怯えて暮らしてた。でも世界はさ、案外怯えなくていいんだよ?」
彼は驚いて見開いている私の目を見ると、とても楽しそうに笑っていた。
「な、蝶左!」
「まぁ…最初コイツすげぇ俺達と話すの怯えてたワケ。でもちょっとずつなれてったからお前も大丈夫だろ」
「ちが、目…見た?」
ほんの一瞬目が合ってしまった。
でも、彼は元気そうに緑髪の子と話していた。
もしかして一定時間見ないとダメなのかな…?
「ん?ああ見たぜー!綺麗な紅じゃん!隠すの勿体ねー、もっかい見して」
そうして、彼はまた私の目を覗こうとした。
「だから、ダメだって!力…発動しちゃう!」
「力…?」
「…もしかして、メデューサの力…?」
髪の長い女の子は気がついたようで声を出した。
少女の方を髪越しでみれば、首を傾げて可愛い。
「……うん、そうだよ」
「…貴女、いくつ?」
「……ぇ?……16、だけど」
訳が分らずにただただ首を傾げると彼女は小さく笑った。
そして少し強引に私のおでこに触れると目を合わせようとしている。
私は思わず強く瞑ってしまった。
「大丈夫、みなもを見て」
「だめ…ダメ!」
「…メデューサはね、10歳を過ぎると力を制御できるの、だから大丈夫。こっちを見て」
「…ぇ?」
信じられない言葉。
恐る恐る目を開けてみれば、皆笑っていた。
女の子の目を見ても、他の誰を見ても石になる方は居なかった。
「……ね?」
「本当…だ」
「わー!やっぱり綺麗な目してんな!」
「ゎわ、近いッ」
目を見ようと彼は距離を縮めて来る。
急だったからか否か、胸がドクンと高鳴った。
近くでみるとやっぱり調った顔をしている彼は、私がびっくりしているのを見てたはっと笑った。
「わー顔真っ赤、俺に惚れたな!」
「ぇ、惚れ…?」
可愛いな、俺も惚れたなんて軽々しく知らない言葉を唱える彼を見て首を傾げれば、彼、いや、彼等はきょとんとこちらを見た。
「…ぇ?もしかして惚れるわからない?…好き、わかる?」
「好き…?私お母さん好き、お父さん好き」
「その好きじゃないワケ」
前髪を隠してた彼はあきれてしまったようだ。
そんなこと云われたって分らないんだもん、しょうがないじゃん。
視界を前髪で遮れば、顔に模様の入った彼は直ぐに指で掬い左右に分けた。
あ、また、だ。
胸がきゅっとなって心地いみたいで何処か嬉しいような甘酸っぱいような。
顔が熱くなるのが分かった。
「ッ…」
「勿体ないから隠すなよー…ぁ、俺らが云ってる好きってのはな?…胸がときめいたり、恥ずかしくなったり、触られたら嬉しかったり…側にいたかったりだなー…」
「わ、かんないよ…」
顔が熱くて仕方ない。
髪を分けてくれた後に頭にまわった手が触れる場所も、また同じように熱い。
「……もしかして、烏頭目、好き?」
「…好き?」
これが?
この気持ちが、好きって云うのかな?
分らずに下を向けば、彼は私の顔を覗いてふわりと笑った。
「君、名前は?」
「霧月…生だよ」
「そっか、生!俺らと旅しないか?」
「え?」
旅…?
何それ、楽しそう。
私はぱっと彼の目を見ると、癖で直ぐに逸してしまった。
「好きも教えてあげるし、その癖も直してやるよ」
「俺も似たような理由だからな、前髪長いの」
「お姉さん欲しい…」
淡々と流れ出した、心の奥に溢れてた想像は世界に、少し鳴り出して身震いを覚えた。
それはもちろん恐怖でも怒りでもなく、興味や期待から。
「行っても…いい?」
「勿論!俺が恋教えてやるよ」
「はわわわッ!!?」
途端、きゅっと抱き締められる。
心拍数は嘘つけなくて高くなる一方だ。
「ぁ、あ…宜しくお願いします…」
「真っ赤だ…案外可愛いワケ」
「あ!いくら蝶左だって生は渡さないからな!」
「はいはい、いらねーよ」
あはは、と笑う。
こんなに素直に心から笑ったのって久し振りだ。
だって、誰にも会ってなかったんだもん。
「……有り難う…」
「ん?」
「ううん、なんでもないです」
ねぇねぇお母さん、この突飛な世界も明るくて楽しくて、お母さんみたいに温かいだね。
「俺、烏頭目ってゆーの、宜しくな!」
「俺は憚木蝶左」
「みなも…蛙みなも」
「…宜しくお願いしますッ!」
差し出された手を強く握れば、彼はニコッと笑った。
私が迷った時に助けに来てくれた王子様。
貴方がまた迷った時は、此処で、この心で待っているから。
想像フォレスト
(あれから暫くして私は愛を知った)
(夏風が今日もまた貴方がくれた服の)
(フードを少しだけ揺らしてみせた)