ポケットモンスター

□ぼくの手では
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僕の大好きなご主人様は、僕たちポケモンの言葉が理解できない。
僕はご主人の言葉が理解できるのに、なんでだろうな。
それが悔しくて悔しくて仕方がなくて、君の足元でいつも叫ぶんだ。
それは、小さな鳴き声にしか、ならないんだけど。



「ぶいぶい!」

「あらあら、イーブイ、どうしたの?」



そうしたら、いつだって君は僕を温かい手で優しく撫でてくれるんだ。
気持ちがいいのに、なんでだろう、さみしいんだ。
僕はどれだけ手を伸ばしても君にぜんぜん届かない。



「お菓子がほしいの?」

「ぶい!」



違うよ!僕が欲しいの君自身だよ!

雛莉。

その名を読んでも届かない。
勘違いをしたまんまの君は、戸棚の中からオレンの実で作ったあまーいマフィンを取り出した。
そして僕の口元まで運んでくると、にっこりと微笑む。
嗚呼、その笑顔が、僕のものだけになればいいのに、なんて。


かぷ。

控えめに噛めば、口の中に広がる甘酸っぱい味。
おいしい。
でも、でも悲しくてたまらない。



「ぶい」



ぽとんとそれを床に落とす。
そして、前足で遠くへ転がした。
でも、力の弱い僕では、すぐ近くにころんと移動させることしかできなくて。

少しもったいないかななんて思ったけれど、今はそんなことどうでもいい。



「どうしたの?美味しくなかった?」



不安そうに見つめる彼女の足に飛びつき、必死に爪を立てて登ろうとする。
もちろん、痛い思いはさせたくないから、そこんところはちゃんとしてるよ。


つるっ。


僕は足を滑らせてしまったんだ。



「ゎ、」



体制を崩してしまった彼女。
僕は、どうしようと体をひねらせたら、大きなしっぽで飾ってあった綺麗な砂かざりが床にかしゃんと大きな音を立てて落ちていってしまった。



「きゃ!?」

「ぶいぶいぶい!!」



ごめんなさい!!
届かないと思ってても僕は吠えた。
でも、その声は君には届かない。



「わ、大丈夫!?」



心配をしてくる彼女は、僕の頭をそっと撫でた。
そして、危ないからと少し遠くにはねられ彼女はひとり、片付けを始めた。

ごめんね、ごめんね。

てくてくと歩いていき、君の足に擦り寄る。
くぅんと泣いてみれば、謝罪の意は伝わったのか、大丈夫だよと云ってくれた。



「イーブイに怪我がなくてよかった」



そんな君の右手には、小さく赤が宿っていた。
ぽたりと落ちる雫に声が出なくなり、思わず屈む君の足に上り、それをぺろりと舐めて拭った。



「えへへ、切っちゃった」



笑う君の顔にどうしようもなく苦しくなる。
僕は、ションボリとしながら、彼女の頬を舐める。



「心配してくれるの?ありがとう。大好き」



違うよ。
僕の欲しい好きは、それじゃない。
言葉にできない思いを、僕は君の唇にぶつけてやった。















僕の手では。

(届かないって知ってるんだ)
(いしゅれんなんて、おかしいだろ?)
(それでも君を、あいしてる。)



















end.

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