復活夢2

□その瞳に写るのは
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その女子生徒の目を見た時、なぜか懐かしい気持ちに包まれた。

俺はそれが何時の出来事で、どのような出来事かは咄嗟に思い出せなかった。

俺はその時まだ中学三年生だったし、その年齢で懐かしがるべきことなどひとつもないように思えたから。

せつない感情が霧のように胸を覆い、心を湿らせた時、俺は驚きそして混乱した。


彼女、高坂なつめは、教壇に立ち、澄んだ瞳で教室を見下ろしていた。

俺達は好奇心にあふれた様子でその転校生を見つめて、ひそひそと内緒話を続けていた。
彼女はまったく動じない様子で担任の教師が自分を紹介するのを聞いていた。



「……というわけで、高坂は、お前らと同じ場所で学ぶことになったわけだ。卒業までの短い間だが、どうか仲よくしてあげてくれたまえ。じゃ高坂、きみからも何か挨拶があるだろう。」



教師は促すように彼女を見る。
けれど、彼女はただ立ち尽くしているだけだった。
緊張してしまったのだろうかと、俺は顔を上げて彼の顔を見た。
ところがそうではなかったようだ。
彼女は、落ち着いていた。

そしてその澄んだ瞳をまばたきもせずに大きく見開いて何かを見ているようだった。

何を見ていたのかは、まったくわからない。
俺には、彼女が空気中にある彼女自身にしか見えないものを見つめているように思えた。


つまり、彼女は教師の言葉などまったく耳に入れていないのを明らかに周囲にわからせてしまうほどに、うわのそらだった。

教師は顔を赤らめて咳払いをする。



「おい、高坂、おい、聞いているのか」




彼女はふと我に返ったように怪訝な表情で教師を見た。



「挨拶ぐらいできんのか、おまえは。」

「ごめんなさぁい」



彼女は小さく肩をすくめて頭を下げた。
俺たちは、一斉に吹き出す。

同じ年齢にしては妙に超然とした雰囲気がおかしかった。

俺たちのほとんどが担任教師を嫌っていたから彼女のような態度はおれたちは気に入った。

教室のいちばん後ろに用意された席に、彼女が歩いて行く時、高坂なつめは、俺たちのクラスの一員になった。


なつめは、自分から他の生徒と積極的に言葉を交わそうとはしなかったがその様子は、みんなの気を引くのに十分だった。

休み時間になると、何人かの女子生徒が彼女のところに行き彼女を質問責めにしていた。

そして、少し離れた場所で、男子生徒が彼女らの会話に耳を傾ける。

みんな、季節外れの転校生の秘密を知りたがっていたんだと思う。
けれど、なつめは個人的な事情などは、うまい具合に避けて言葉を選びながら会話を交わしていたので、俺たちは彼女の前の学校でのことを少しばかり知るだけだった。



「けっこう可愛いよな、なつめって」

「大人しめだけど内には元気っ子気味を隠し持ってるみたいな」



男子たちは、口々にそんなことをささやいていた。

転校生はいつも見慣れた女子生徒たちより、どうしても可愛く見えるものだ。
俺はそんなふうに思う。

俺は筵彼女の瞳に遭遇した時のあの懐かしい感情について考えていた。
初めて出会う人間に対して、なぜ、そんな思いが心をよぎるのかが不思議でならない。

自分の内のつたない記憶をたどってみるのだが、解決する気配はちっとも無い。
まるで、解けない問題を一つ抱えているような気分になり、俺は自分自身をもどかしく思う。


その日以来俺は少しばかりいらだちながら毎日を送るような事になる。

俺は、授業中あるいは休み時間、つまり学校にいる間はほとんど一日中なつめを盗み見るようになった。

勿論転校生の彼女はいつも生徒たちの注目を集めていたが、俺が彼女を見つめるのは好奇心からではない。

俺はどうしても心の中のもどかしさを取り去りたかった。
思い出そうとして思い出せないものを抱えるほど、腹立たしいことはないから。


俺は時には歯がみをしたいくらいの気持ちでなつめを見つめ続けた。


彼女は何時もうわのそらのように見えた。

うわのそらという言い方は正しくないかもしれないけど。

彼女の瞳はいつも真剣に何かを見つめているようだったから。

けれどその何かは実在するものではないようで。
空気の間に何か彼女にとっての重大なものが浮かんでいるかの様に、彼女は一点を見つめている。
彼女は、いったい何を見ているのだろう。


俺は時おり彼女の視線の方向に自分の焦点を合わせて見るのだが、もちろん、俺の目には何も映らない。
まばたきすらしない彼女の瞳には、いつも、うっすらと涙の膜が張っている。

俺はそれを見て首をかしげずにはいられない。
彼女が何かに関して真剣になっているのは確かだと思うんだけど。



「ねえ、ツナ、ちょっと聞いてもいいか?」



親友の山本がある日言いにくそうに俺に尋ねた。



「なに?」

「あのさ、これみんなが言ってるんだけど、ツナ高坂のこと好きなんじゃないのか?」



俺は驚いて思わず自分の胸を指さす。



「俺が!!?何でだよ!」

「いや…皆がよ、御前がいつも高坂のこと、ぽおっと見てるって言ってるぜ」

「ちょッ、そんな……」



俺は困りきった表情を浮かべたまま、なんと言ってよいのかわからずに呆然としてしまう。

俺が彼女を見つめているのは事実だが、決して彼女に心を引かれたとか、そういう甘い気分でいるのではない。
もっともっと複雑な思いが入っていると云うのに。



「そんなんじゃないよ?でも、そんな風に見える?」

「嗚呼、見える」

「ぇえ…まじで?」



俺はその不本意な噂を消し去るために彼女を見つめるのを当分やめることにした。

でもかえって俺のしぐさはぎこちなくなってしまい自分でもわかるほどに冷や汗をかいた。
なつめに出会ってから、数週間のうちに、俺は、自分が彼女を盗み見るということを習慣にしてしまったことに気がつく。


そしてそれを期に授業中なつめが指名されて立ち上がると、クラス中の生徒たちはいっせいに俺を見るようになった。


俺には彼らのこらえている笑いの気配を背中で感じることができた。

俺は彼らの思っていることが間違いであることを悟らせるために平静を装おうとするのだが、そうしようとすればするほど顔は赤く染まり、冷や汗が額に浮く。

俺は泣きたい気分だった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。


俺はただ解けない問題の答えを探るように、なつめを見ていただけだったのに。


俺は自分があまりにも無防備であったことに舌打ちをしたい気分になる。
受験を控えた生徒たちにとって、恋のうわさは、ちょうど手ごろな気分転換法だったんだろう。





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それは秋の学園祭についての話し合いが持たれた放課後のこと。
クラスの中から実行委員を男女各一名選出するために、クラス委員が候補を募っていた。
そしてある男子生徒が手を挙げた。
もう嫌な予感しかしない。



「高坂と沢田なんてどう?」



やっぱり。

いっせいに拍手が起こった。
俺は誰かがその悪い冗談を口にしないようにずっと下を向いていたのだがやはり、逃げようとすればするほど、彼らは俺の気持ちを探し当ててしまうのだ。


クラス委員は、少し困ったように言う。



「沢田ならいいけど高坂さんは転校して来たばかりだし、どうでしょう?」

「でもさ卒業までに一個ぐらい思い出を作っといたほうがいいぜ」

「そうそう、二人は、息もぴったり合ってるし」



皆、げらげらと無責任な様子で笑っていた。
どうしてこんなことになってしまったのかと俺はうつむいて涙をこらえる。

何度も言うようだが俺はただなつめを見て、あの懐かしさの原因を探し出そうとしていただけ。

その時、なつめが立ち上がって言った。



「僕、やるよ?転校して来たばっかでいいんなら、引き受ける!」

「やりぃ!」



男子生徒たちは口笛を吹いたり拍手をしたりして、俺となつめをはやし立てた。

女子生徒たちは黙ったままの俺に同情して彼らに反対しようとしていた。



「ちょっと、あんたたちやめなよ。流石に沢田、かわいそうじゃん」

「なんで? だって、沢田が、なつめのこと好きなのみんな、知ってるよ」

「そうだよ。おれら、手助けしてやってんだぜ」

「ちょっと、皆さん、静かに。多数決で決めたいと思います。賛成の人、手を挙げて。」



クラス委員のことばに、男子生徒全員が手を挙げる。
すると最初は周囲をうかがっていた女子生徒も手を挙げ始めた。

山本を含めた俺と仲のよい数人だけが、憮然とした表情で机に肘を突いたままだった。



「決まりだね、これで」



提案した男子生徒がうれしそうにそう言うのと同時に、なつめは立ち上がって言った。



「もういいかなあ?」



そして、クラス委員があっけにとられる中、鞄を抱えてなつめは俺の席に来て俺を見下ろした。



「帰ろ!沢田君家、並盛町2丁目でしょ。僕もそっち方面だから」



俺は驚きのあまり彼女を見上げているだけだった。
なつめが直接俺に話しかけたのは初めてのことだったから。

しかも、みんなが見つめている中で。


俺はうなずいてのろのろと立ち上がって帰り支度を始めた。
どうにでもなれという気分だったのを覚えている。

どうせ、このまま俺がすねていたとしてもうわさが消えることなどないから。

俺となつめは二人で教室を出た。


すげえとか、やるなあとか、男子生徒たちの感嘆の声が、俺たちの背後から追いかけて来た。











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