田舎姫

□第十二話
1ページ/1ページ




「琴音ちゃん、電話出てくれる?」

「あ、うん。」

平日の夜、食事を済ませ、お母さんと食器を洗っているところに、電話が鳴った。
私は急いで手を拭いて出た。

「はい、宇奈月です。」

『あ、琴音ちゃん?』

すると、ついこの間知り合った沖田さんの声がして、私は少し驚いた。

「お、沖田さん?」

『うん、そうだよ。あ、ねぇ、僕のことはこれから名前で呼んでよ。』

「えっ?いや、そんな、恐れ多いです。」

不安だったので一応名前を確認したところ、沖田さんがいきなり名前で呼べなんて言いだすので、そう答えると彼は笑った。

『あははっ、何それ。でも、僕は名前で呼んで欲しいな。』

「そうですか。じゃあ・・・総司さん、こんばんは。」

『こんばんは。ね、今大丈夫?』

「はい、大丈夫ですよ。」

『良かった。今週の土曜日の午後って空いてる?』

総司さんにそう聞かれ、私は土曜日に何か予定が入ってないか頭の中で確認したけれど、午前の学校の授業以外は空いていたと思う。

「はい、午後は空いてます。」

『それって、午前中は学校だよね?』

「そうです。」

『あのね、その日に一緒に会わない?東京を案内してあげようと思ってるんだけど。』

「えっ、東京?」

何かと思ったら、総司さんが東京を案内してくれるということで、少し驚いた。東京なんて、テレビでは見たことあるけど、実際に行ったことはなかった。

ここの町は田舎でも、一応東京郊外の地域に属していて、東京はさほど遠くない。
でも、『都会=怖い』というイメージが昔からあったから、あまり行きたいとは思わなかったし、行かなくても何の問題もなかったから、結局今まで一度も行っていない。

『お昼は向こうで一緒に食べて、夕方まで色々なところを回る予定だけど、どうかな?』

「いいんですか?」

『うん。むしろ、これは僕からのお願い。君を案内したいんだ。』

「ありがとうございます。私、行きたいです。」

総司さんはとても優しい人だと思った。わざわざ私の為に東京を案内してくれるなんて。

喜んで了承すると、総司さんも良かった、と嬉しそうに言った。

『じゃあ、琴音ちゃんの最寄り駅で待ち合わせしよう。電車も乗り換えたりするし、一緒の方がいいでしょ?』

「あ、何から何まですいません・・・。」

申し訳ないと思ったけれど、やっぱり最寄りから一緒にいた方が安心する。ここは強がらず、総司さんに任せることにした。

でも、やっぱりこれでは悪い気がする。少なくとも、手ぶらは駄目だ。

「あの、総司さんは甘いもの好きですか?」

『うん、大好きだけど、何で?』

「いや、何でもないです。」

さりげなく甘いものが食べられるかチェックした。大丈夫そうだから、その日はクッキーを作って持っていこう、と決めた。

それから、待ち合わせの時間など色々決めて、少し他愛ない話をしてから電話を切ると、なんと三十分は軽々と過ぎていた。

「ごめんお母さん、長電話しちゃった。」

「大丈夫だけど、相手は誰かしら?」

「あのね、沖田 総司さんって言って、斎藤先輩の友達なの。とてもいい人なんだよ。」

「へぇ。えっ、それって男の子?」

「うん。」

「そ、そう。」

総司さんのことを話すと、お母さんは何故か急にそわそわし始めた。

「どうしたの?」

「いや、何でもないのよ。」

私は不思議に思ったけれど、お母さんがそう言ったので、それ以上気にすることはなかった。

でも、この時お母さんは

「(斎藤君〜、早くしないと、取られちゃうわよ〜!)」

なんて思っていたそうな。勿論、私は知らないけど。




――金曜日。

私は斎藤先輩と帰っている(ちなみに、私の家に先輩を連れてきたあの日以来、先輩とは毎日一緒に帰るようになった。)途中、明日は一緒に帰れない、ということを伝えた。

「何故だ?」

「実は明日、総司さんに東京を案内してもらう約束をしているんです。」

「――な、何だと!?」

すると、先輩がいきなり声を上げたので、私は驚いて先輩の顔を見た。先輩が叫ぶことは今までなかったので、予想外だった。

「せ、先輩?」

「それはいつだ!?」

「あの、それが明日なんですけど。だから、明日は一緒に帰れません。」

「・・・・っ!」

先輩は今までにないくらい焦ったような表情を浮かべていて、私もそんな気分になってきた。
私、何か変なことを言ったのだろうか。

でも、一度言ったことをすぐにもう一度聞くなんて、先輩らしくない。

「あの、大丈夫ですか?」

「・・・すまない、急に叫ぶなどして。その・・・あんたは総司をどう思っているのだ?」

「えっ、どうって・・・えっと、とても優しい方だと思います。たまにからかってくることもありますけど。」

「そ、そうか・・・。」

結局、先輩はそれっきり黙りで、何も話すことなく歩いた。
別れる際、何か悪いことをしたのではと思って私が謝ると、そういうことではない、と慌てて否定された。

とにかく、その日は先輩が良く分からなかった。






.

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ