田舎姫

□第十五話
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「あの、斎藤先輩?」

私は総司さんの家を出た後、斎藤先輩と一緒に風浜町に向かっているが、その間先輩は何だか怒っているみたいだった。

なんとか勇気を出して、何回か声を掛けたけれど、先輩は全く返事をしてくれなくて、結局バスを降りてから家まで歩いている今まで一度も会話がなかった。

こんなに怒っている先輩を見るのは初めてで、もしかしたら私が何かしたのでは、と思った。

「せ、先輩、あの――「宇奈月、俺の家に来てくれないか?」

もう一度話し掛けようとした時、先輩が急にそう聞いてきた。その時に見た顔は怒りというよりは焦りのような表情だった。
私は断る理由もなく、二つ返事で頷いた。



先輩の家に行くと、雪絵さんが私を温かく迎えてくれた。

「あら、琴音ちゃん。いらっしゃい。」

「こんにちは。すいません、お邪魔します。」

雪絵さんに挨拶をした後、先輩が私の手首を掴んだ。

「行くぞ。」

そう言って私を半ば強引に引っ張るようにして階段に足を進めた。
てっきりリビングに向かうと思っていた私は先輩に聞いた。

「あの、どこへ?」

「・・・俺の部屋だ。」

「あ、そうですか。」

それなら納得だ。私は何だ、と安心して先輩についていった。

「・・・ここだ。」

階段を上がってすぐ右横に先輩の部屋があり、私はお邪魔します、と一言言って中に入った。

中は勉強机やベッドなど、必要最低限のものくらいしかなかった。でも、この方が先輩らしい。

「素敵な部屋ですね。」

「・・・・。」

「先輩?」

私が感想を口にすると、先輩はまた黙り込んでしまった。けれど、その後複雑そうな表情で私を見ると、口を開いた。

「・・・宇奈月は、何も思わなかったのか?」

「えっ、何のことですか?」

「だから、そのっ・・・総司が帰る際に、あんたにしたことだ・・・!」

「帰りにって――あっ!」

そこで、私は先輩の言っていることが、先ほど総司さんが私の額にキスした時のことだと分かった。

あれは確かにびっくりしたけど――

「総司さんって、実は帰国子女とかですか?」

「―――は?」

「いや、お礼にしては大胆だなって思ったんですけど、帰国子女なら納得だなぁなんて。」

そう、私が率直に思った感想はそれだった。確かに最初はすごく驚いたけど、後々考えてみたら、そんな可能性もあるんじゃないかと思ったんだ。

「・・・本気で、思っているのか?」

「え?」

「・・・・っ!」

「せ、先輩――きゃっ!?」

けれど、次の瞬間私は先輩に身体を押され、ベッドに仰向けに倒された。その上に間もなく先輩が覆いかぶさった。

え、なんかデジャヴ?

「総司は帰国子女ではない。だからといって、誰にでもキスをするような、軽い男ではない。
・・・これが、どういうことだか分かるか?」

「えと・・・分かりません。」

「・・・ならば、この状況は分かるか?」

「この状況って・・・あの、総司さんにもされたんですけど、これってどういうことなんですか?」

「何だと!?」

こんなことを総司さんにもされて、私は不思議に思って聞くと、先輩は今までにないほど取り乱した。

「どこまでやられた!?」

「どこまでって、最終的にどうにかなるんですか?」

「〜〜〜〜っ、あんたという者は・・・っ!」

「えっと、なんかすいません・・・。」

何故か先輩は頭を抱えてしまったので、私は何かしてしまったらしい。謝ったけれど、それが何なのかは正直分からなかった。





結局、あの後先輩は私から離れた。私は何の意図があったのか気になって聞いてみたけれど、『何でもない』の一点張りで答えてくれなかった。


帰る頃には外が若干暗くなっていて、先輩は私を家まで送ってくれた。

「あの、ありがとうございました。」

「あ、あぁ。」

家に着くと、私は先輩にお礼を言ったが、先輩の反応はやっぱりぎこちなかった。今日の先輩は何か変だ。

「先輩、大丈夫ですか?」

「何故、そのような?」

「だって、今日の先輩は何だか変というか、何というか・・・とにかく落ち着きがなかったと思います。」

「・・・そう、か。」

正直にそう言うと、先輩は短く呟いてから私を見た。その表情はよく分からなくて、私は先輩をじっと見つめたけれど、気付けば先輩は目の前まで近づいていて、私を抱き締めた。

「先輩?」

「・・・済まなかった。あんたは何も言わなかったが、もしかするとあんたに冷たい態度もとってしまったかもしれぬ。
だが、俺はあんたを怒っていたわけではない。

・・・ただ、余裕がないのだ。総司とあんたが二人でいることを想像すると、苛立ちを抑えられない。」

「先輩・・・。」

先輩が告げたその声はいつになく弱々しくて、私は何とも言えない切なさを感じた。そこで、私は思わず先輩の背中に手を回した。

「本当に、総司とは何もなかったのだな?」

「・・・はい。」

「良かった・・・。」

先輩はそう呟いて私を抱き締める腕に力を込めた。私の身体は先輩と更に密着し、先輩の胸からは鼓動が聞こえた。けれど、それ以上に私の心臓は煩くて、もうどうにかなってしまいそうだった。

――この感情は一体何なのだろう。




「・・・琴音。」

「はい・・・て、えっ?」

しばらくして、先輩が私を放した時、急に名前を呼ばれた。私が少し戸惑っていると、先輩は若干顔を赤くしながら口を開いた。

「・・・その、これからは名前で呼び合わぬか?」

「名前で?」

「あぁ。だから、俺のことも名前で呼んで欲しい。」

「わ、分かりました。えっと・・・は、はじめ先輩。」

やばい。これは結構恥ずかしい。さ・・・はじめ先輩は総司さんと違って少し硬めなタイプだからかもしれないけど、何だか緊張してしまう。

「ありがとう、琴音。では、俺はそろそろ失礼する。」

「あの、わざわざ送っていただいてありがとうございました。」

それから、私たちは別れた。何だかぎこちない部分が多かったけれど、それでも最後は少し先輩に近付けた気がする。

私は嬉しさと恥ずかしさが入り交じった感情を覚え、今晩は少しテンションがおかしかった。






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