田舎姫
□第十八話
1ページ/3ページ
「はじめ先輩、遅いなぁ・・・。」
文化祭二日目の午後二時。私は昨日と似たようなスケジュールで、午前中で全て仕事が終わった。先輩も一時半くらいで終わるということで、二時に昇降口前のエントランスで待ち合わせをした。
けれど、先輩はまだ来ない。普段から常に五分前行動の彼にしては珍しい。
「(きっと、仕事が忙しいんだよね。)」
「琴音!」
そう思っていた時、私を呼ぶ声がして、先輩が走ってきた。
「はっ・・・はっ・・・済まないっ、遅れてしまった!」
「いえ、大丈夫です。それに、今丁度二時ですから遅れていませんよ。」
「そう、か。」
ふと気付いたけど、なんだかはじめ先輩の様子がおかしい。
急に周りをキョロキョロと見回すと、私の手を掴んだ。
「はじめ先輩?」
「悪いが、話している暇はない。とにかく、走るぞ。」
「へ?」
すると、私の了解を得ないまま先輩は私の手を引いて走り出した。まるで、何かから逃げているみたいだ。
まぁ、後で話してくれるだろう。とにかく、今は走った。
結構、先輩が足を止めたのは四階の喫茶店をやっている教室の前だった。
私は一気に一階から駆け上がったことで、本当に息切れが激しかった。
「す、済まない。流石にきつかったか?」
「はっ、はっ、はっ、だっ、大丈夫・・・ですっ。」
何とかそうは言うものの、正直少し辛かった。あれだけ走ったのに、少ししか息を乱していない先輩が羨ましい。
私が少し落ち着いたところで、喫茶店に入って休むことにした。
私たちは窓側のテーブル席に座った。
「えっと、それで結局何で走ったんですか?」
「そ、それは・・・」
早速理由を聞いてみると、先輩は言葉をつまらせた。
「そ、その・・・」
「その?」
「な、なんと言えばいいか・・・」
「は、はぁ。」
先輩は何とか口に出そうとするが、出てくるのは『その』とか『あの』とかで、その先の肝心な言葉が出てこない。
結局、先輩は言いたくないのだろう。
「あの、無理して言わなくても大丈夫ですよ。」
「いや、しかし・・・」
「あまり気にしてませんから。」
「本当に、済まない・・・。」
「ふふっ、先輩さっきからそれしか言ってませんよ。」
「む・・・それもそうだな。」
はじめ先輩の『済まない』の繰り返しに私は思わず笑うと、先輩もつられて笑った。
それから、テーブルにコーヒーとカフェオレが運ばれ(因みに私がカフェオレ)、飲んでいる時にふと聞きたいことを思いついた。
「そういえば、雪絵さんの具合は大丈夫ですか?昨日、病院に行ったんですよね?」
「あぁ。母さんの容態はとても良くなっているそうだ。母さん自身も最近は良く動けるようになったと言っている。」
「本当ですか!?良かった!」
「俺も安心した。それに、母さんは良く笑うようになった。
これも、あんたのお陰だ。ありがとう。」
「えっ、私の?」
雪絵さんの容態が良いことを聞いて私は嬉しくなったけれど、そこで私の名前が出てきたことを疑問に思った。
「あんたのことを知ってから、母さんは日頃あんたの話ばかりするようになった。母さんの容態が良くなっていったのはそれからだ。これは偶然ではない。
だから、あんたには感謝している。」
「雪絵さんが私のことを?」
「あぁ。それほど母さんはあんたを気に入ったらしい。
その、今度また俺の家に来て欲しい。母さんがあんたを連れてこい、とうるさいのだ。」
「う、嬉しいです!今度、是非お邪魔させて下さい!」
なんと、雪絵さんが私のことをそんなにも思ってくれていたなんて、嬉しいことこの上ない。
今度先輩の家に行く時は雪絵さんと二人で沢山お喋りをしよう、と決めた。・・・はじめ先輩には少し悪いけど。
.