田舎姫

□第十八話
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「はじめ先輩、遅いなぁ・・・。」

文化祭二日目の午後二時。私は昨日と似たようなスケジュールで、午前中で全て仕事が終わった。先輩も一時半くらいで終わるということで、二時に昇降口前のエントランスで待ち合わせをした。
けれど、先輩はまだ来ない。普段から常に五分前行動の彼にしては珍しい。

「(きっと、仕事が忙しいんだよね。)」

「琴音!」

そう思っていた時、私を呼ぶ声がして、先輩が走ってきた。

「はっ・・・はっ・・・済まないっ、遅れてしまった!」

「いえ、大丈夫です。それに、今丁度二時ですから遅れていませんよ。」

「そう、か。」

ふと気付いたけど、なんだかはじめ先輩の様子がおかしい。
急に周りをキョロキョロと見回すと、私の手を掴んだ。

「はじめ先輩?」

「悪いが、話している暇はない。とにかく、走るぞ。」

「へ?」

すると、私の了解を得ないまま先輩は私の手を引いて走り出した。まるで、何かから逃げているみたいだ。
まぁ、後で話してくれるだろう。とにかく、今は走った。






結構、先輩が足を止めたのは四階の喫茶店をやっている教室の前だった。
私は一気に一階から駆け上がったことで、本当に息切れが激しかった。

「す、済まない。流石にきつかったか?」

「はっ、はっ、はっ、だっ、大丈夫・・・ですっ。」

何とかそうは言うものの、正直少し辛かった。あれだけ走ったのに、少ししか息を乱していない先輩が羨ましい。

私が少し落ち着いたところで、喫茶店に入って休むことにした。
私たちは窓側のテーブル席に座った。

「えっと、それで結局何で走ったんですか?」

「そ、それは・・・」

早速理由を聞いてみると、先輩は言葉をつまらせた。

「そ、その・・・」

「その?」

「な、なんと言えばいいか・・・」

「は、はぁ。」

先輩は何とか口に出そうとするが、出てくるのは『その』とか『あの』とかで、その先の肝心な言葉が出てこない。

結局、先輩は言いたくないのだろう。

「あの、無理して言わなくても大丈夫ですよ。」

「いや、しかし・・・」

「あまり気にしてませんから。」

「本当に、済まない・・・。」

「ふふっ、先輩さっきからそれしか言ってませんよ。」

「む・・・それもそうだな。」

はじめ先輩の『済まない』の繰り返しに私は思わず笑うと、先輩もつられて笑った。

それから、テーブルにコーヒーとカフェオレが運ばれ(因みに私がカフェオレ)、飲んでいる時にふと聞きたいことを思いついた。

「そういえば、雪絵さんの具合は大丈夫ですか?昨日、病院に行ったんですよね?」

「あぁ。母さんの容態はとても良くなっているそうだ。母さん自身も最近は良く動けるようになったと言っている。」

「本当ですか!?良かった!」

「俺も安心した。それに、母さんは良く笑うようになった。
これも、あんたのお陰だ。ありがとう。」

「えっ、私の?」

雪絵さんの容態が良いことを聞いて私は嬉しくなったけれど、そこで私の名前が出てきたことを疑問に思った。

「あんたのことを知ってから、母さんは日頃あんたの話ばかりするようになった。母さんの容態が良くなっていったのはそれからだ。これは偶然ではない。
だから、あんたには感謝している。」

「雪絵さんが私のことを?」

「あぁ。それほど母さんはあんたを気に入ったらしい。
その、今度また俺の家に来て欲しい。母さんがあんたを連れてこい、とうるさいのだ。」

「う、嬉しいです!今度、是非お邪魔させて下さい!」

なんと、雪絵さんが私のことをそんなにも思ってくれていたなんて、嬉しいことこの上ない。
今度先輩の家に行く時は雪絵さんと二人で沢山お喋りをしよう、と決めた。・・・はじめ先輩には少し悪いけど。






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