人間になりたい猫

□黄色の人
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連休2日目。



今日も私は初めにドリンクの入ったタンクを運んでいた。



「おーい、一条さん!」



今3軍に渡してきたから、次は2軍だ。



「ちょ、一条さん、無視っスか!?」



昨日1日やっただけでも、マネージャー業にはかなり慣れた。



意外とこの仕事にはやりがいがある。



「一条さん!無視は流石に俺でも傷つくっス!!」



「んぎゃ!?」



その時、いきなり肩を掴まれて、私は思わずビクッと驚いてしまった。



「び、びっくりしたー。」



「アハハっ、なんスかその悲鳴!」



そんな私をケラケラと笑う、一人の青年。



彼は髪か金色で、外見だけではとてもチャラそうに見える。



けれど、少し幼さが残るその笑い顔を見て、実際にはそういう人じゃないとすぐに分かった。



「えーと、後ろから来るなら声をかけてほしかったです。」



「何言ってんスか!?何度も呼んだっスよ、『一条さん』って!」



なるほど。私が気付かなかった理由が分かった。



「ごめんなさい、私苗字呼び全然慣れてないんです。

名前で呼んでいただけませんか?」



「そうなんスか。じゃあ、成琉ちゃんで!

てか、そんな恐縮しなくていいっスよ。同い年なんで。」



「あ、そうなんだ。」



彼は意外にも同学年だった。



というか、バスケ部は大きい人が多くて、見た目では学年を判断しにくい。



しかも、金髪だし。



「でも、珍しいっすね、俺のことが分からないなんて。」



「いや、分かるも何も、私この間転校してきたばかりだから。」



それと、意外にこの人はナルシストのようだ。



相手のことを知らなくて、そんな風に言われたのは初めてだ。



「そうなんスか!

俺、黄瀬 涼太っス!最近1軍になったばかりっスけど、よろしくっス!」



そして、またニカっと眩しい笑顔を私に向けた。



ふむふむ、彼はまた、とてもスポーツマンの好青年のようだ。



おまけに、口癖が語尾の『っス』だし。



そうやって人間観察をしていると、急に両手が軽くなった。



「うわっ、これ重っ!

成琉ちゃん、こんなの持って運んでたんスか!?」



「あ、うん。そうだけど。」



それはどうやら黄瀬君に取られたからのようで、彼はタンクを両手に持つと目を見開いた。



とは言え、流石スポーツマンというべきか。



重いと言いつつ、普通に持って歩いている。



「成琉ちゃん、すごいっスね。しかも、昨日なんかコレで飛んできたボールをガードしたんスよね?」



「そう。良く知ってるね。」



「知ってるも何も、部活内では超有名な話っスよ。

初っ端からインパクト超強かったっス。

自覚なかったっスか?」



「そうなの?」



黄瀬君によると、昨日のタンクガードのシーンはその場にいたほとんどの部員が目にしたらしい。



そのために、今じゃ私は部内でとても有名になっているらしい。



全然知らなかった。



―――っと、いつまでもタンクを彼に持たせるわけにはいかない。



「黄瀬君、ありがとう。後は自分で運ぶから。」



「いや、いいっスよ。これくらいは手伝わせてほしいっス。」



「でも、これもマネージャーの仕事だから。」



「それもそうっスけど、部員も頼るべきっスよ。

これくらい任せて!」



そう言って、またまた眩しい笑顔を見せる彼は、やはりいい人だ。



でも、やっぱり全てを任せるわけにはいかない。



だから、私は彼から1つのタンクを無理やり奪った。



「じゃあ、そのタンクを1軍によろしくね。」



「あ、ちょ、俺が全部持っていくつもりだったのに!?」



「ふふっ、残念!じゃね!」



そして、私は手を振り振り、かつ彼につかまらないように小走りでこの場を去った。






「あのタンクを持ちながら小走りって・・・・やっぱすごいっス。」



だから、彼がそんな風に呟いたことも、当然知らなかった。









その後、色々と自分の与えられた仕事を済ませ、1軍の体育館に向かうと、何やら様子がおかしかった。



「あ゛あ゛?

今なんつった、リョータァ・・・?」



「だからー、スタメンの座を賭けてっつったんスよ。」



見ると、黄瀬君が1人の部員と対峙していた。



その部員はまさしくチャラ男だった。








けれど、結果は黄瀬君の惨敗だった。



しかも、終わった後チャラ子も入ってきて、その男と絡んでいた。



周りの話に耳を傾けると、どうやらこの女子生徒は最近できた黄瀬君の彼女らしい、が・・・



「つーわけだ。じゃーな、リョウタ君。」



そいつらは、チャラ男の一言を最後に、体育館を去って行った。



「・・・やな感じ。」



それは当然私の横を通るわけで、私は彼らがいなくなった後、ポツリと正直な感想を漏らした。







「はい、スポドリ。

激しい運動の後には、水分補給が肝心だよ。」



「成琉ちゃん・・・・。」



未だにうなだれている黄瀬君に、私はまずドリンクを渡した。



いや、本当に水分補給は大事だ。



しかも、もう暖かいどころか、暑く感じるほどの気温になってきたのだから。



「見てたんっスね・・・。」



「うん。」



黄瀬君は、負けたところを見られたのが面目ないからかは知らないが、私とは目を合わせようとしない。



そんな彼に、私はその大きな腕をポンポンと叩いた。



「ほら、勝負は終わったんだから、ボサっとしてないで練習練習!

そんな顔じゃ、せっかくのカッコイイ顔が台無しだよ。」



「成琉ちゃん・・・。」



「なに、確かに負けたけどさ、それで全てが終わったわけじゃないでしょ。

悔しいけど、今は負けを認めて、更に自分を磨こう。

それで、また勝負すればいいじゃない。」



また、私はそう言いつつ、更に黄瀬君に顔を近づけて口を開く。



「正直、私もあいつは気に入らないわ。

だからさ、『ギャフン!!!』と言わせてやってほしいな。

それに、結局ものをいうのは努力した分だと思うし、黄瀬君ならすぐに追いつくよ。」



ちなみに、『』の部分はめちゃくちゃ強調した。



だって、本当にムカついたから。



「あ、そうだ。さっきはタンクを運んでくれて、ありがとサンクス!・・・なんちゃって。」



「くっ・・・アハハハハハ!!!」



「ちょ、黄瀬君!?」



すると、黄瀬君は突然周りも気にせず大声で笑った。



まさか、最後の軽い冗談で・・・!?



「いや、黄瀬君、最後のは・・・・」



「いや、そんな感じで言ってくれるとは思わなかったっスよ。

逆に俺も救われたっつーか、なんつーか・・・・でも、嬉しかったっス。

やっぱすごいっスね、成琉っち!」



「え、『っち』って・・・」



「今度からそう呼ばせてもらうっス。

俺、自分が認めた相手には『っち』をつけるんっス!」



「あ、あぁ、そうなの。

まぁ、いいけど・・・。」



そんな感じで、私はいずれ『キセキの世代』として有名になる、黄瀬 涼太君と仲良くなった。









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