お題小説

□残さず全部嘗めて頂戴
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まずは、俺の話をしよう。
俺の話といっても、つまらない糞みたいな家庭環境や、その環境のせいで俺がどんな人間に成長したか、なんて誰もが欠伸をしてしまうような話をするつもりはない。
そんなのは今までに何万何億って人間がドヤ顔で綴ったもんだろうし、そんなもんで本なんか出して一儲けしようだったり同情票集めようなんて考えは、俺にはヒヨコの産毛1本分たりともないからだ。
……ヒヨコの産毛1本分は言いすぎかな。

まあとにかく、俺もそういう奴らと似たり寄ったりな糞みたいな過去話を持っていたりする訳だけども、今回はその話は割愛。
糞みたいな過去って言っても家は平均よりかは裕福だったと思うし人並みに幸せもあった。喜怒哀楽だってきちんと育てて使って生きてきたはずだ。

好きなものだってたくさんあったんだ。
ピアノや音楽。仲の良い1つ上の先輩のよりかはいくらか広い自分の部屋。そこから見える庭とか、そこに咲いてる花とか、植木とか。
それからテニス。これだけは忘れちゃいけない。…いや、忘れられないんだ。
テニスがあったから今の俺が出来上がったと言ってもいい。
そしてテニスがあったから、今俺はここにいる。

全国の中学男子テニス部からなんらかの基準で選ばれた50人。俺達は謎の孤島に集められ、放り出され、殺し合いをさせられる事になった。

テニスと出会ったから。
テニス部に入っていたから。

皆が命を落とし、俺自身も何度も危険な場面に直面した。
……でも、それでも何故か、テニスを嫌いになれないんだ。

本当ならば、テニス部になんか入らなければ良かったって。テニスなんかと出会わなければ良かったって。
そうやって、テニスを大嫌いになってるはずなのに。

だってあのテニスを愛してやまなかった先輩はそういって泣いてた。
綺麗な金の髪を輝かせながら力の限りテニスを楽しんでいた彼は、今度はその美しい髪を振り乱しながら大きな声で泣いていた。
だからきっと皆そうなんだろう。
なんせ、俺が知っている人類の中で最もテニスを愛していたといえるあの彼が、テニスを憎んでしまっていたのだから。

それでも俺は、テニスが好きだ。

俺がたくさんの時間を費やしてきたテニスが。
俺達が命を燃やして頑張ってきたテニスが、大好きだ。

何より俺を救ってくれたのはテニスとそれを一緒にやってきた仲間達だった。
俺に居場所をくれた。頑張る意味をくれた。目指す目標をくれた。
だから俺は、テニスを好きでいられている内に死にたい。出会った皆を好きでいられている内に死にたい。
俺が選んできた道は間違ってなかったって、俺がしてきた事は俺の為になっていたんだって。
俺の人生には意味があったんだ、って。

でも結局はここで死ぬじゃんって?
そう……そうだね。その通りだ。
命あるものには必ず"死"が訪れる訳で、それだけは平等で。
だったら俺は自分の満足できる形でその"死"ってものと出合いたいんだ。
ただ不意になんの感慨もなくそいつと出合うんじゃなく、ちゃんと準備を重ねた上で、ロマンチックに、劇的に。
だから今まで俺は、こうして死と出合って向き合う為の準備をしてきたって訳。
この3日目まで命からがら生き残って、そして願った。時間が許す限りたくさん祈った。

「だから、今ここでお前に会えた事は俺にとってとんでもない幸福なんだよ」

きっとそうだ。
きっとここでお前と出合ったこの瞬間こそ、俺の運命の終着点なんだ。
俺が幸せに生きてきた事も、死にたいほどの不幸を感じた事も、今ここでこの命に幕を閉じる事でプラマイ0になる。そしていつか何もなかったかのように土台から消え去る。
全部全部、0に戻る。

それでも、お前にだけは覚えていて欲しいんだ。

忘れずにいて。
俺が生きていた事。
ここで命を終えた事。
ここで戦って散っていった命達を。

「他の誰でもない、お前にだから託せるんだ」
「そんなのただのお前のエゴだ!!」
「……うん」

そうだ。これはただの俺のエゴ。ただ楽になりたいだけの、俺の我が儘。
俺は周りが思っているより自分勝手だから。
でもそれを隠しながら必死にやってきた。必死に"鳳長太郎"を生きてきた。
いい子だねって。素晴らしい子に育ったねって。幸せな子だねって。
そうやって作られてきた鳳長太郎を、俺は何度殺したいと思っただろう。

そんな中出会った、ただ1つの光。
それがお前だった。
お前だけが俺を知っていた。お前だけが俺を救ってくれた。お前だけが俺を否定してくれた。
俺は俺だと、思い出させてくれたのはお前だったんだ。

「だから……お願い」

俺を、殺して。

「嫌だ!!!」
「お願い」
「嫌だできない!!!……できない……できねえよ……」

そう言って涙を流す君をとても綺麗だと思った、なんて不謹慎だろうか。
君がそうして感情を露にする瞬間はいつも美しいんだ。
そしてそんな君に俺はいつも惹かれてて、そんな君に、俺を見てほしくて。

「君が俺を殺して、そして生きて帰るんだ」
「なんで…っなんでなんだよ、どうして……」
「だってもう、残ってるのは俺達だけなんだよ。どっちかが死んでどっちかが生き残る」
「ならお前が帰ればいい!俺は嫌だ!!」
「…」

本当は、死にたくなんかないはずだよね。
この3日間怖くて怖くて仕方なかったはずだ。それでもまさに死ぬ気で生きて生きて生きぬいてきた。

「いいんだよもう」
「よくない…何もよくない……っ」
「泣かないで」

俺を失う事も、少しでも怖いと思ってくれるかな。

「若」

そしたらこんな俺にも、少しは生きてきた意味があったのかな。

「生きて」

あの日俺の笑顔が嫌いだといった君に、どうしたらお返しができるだろうか。

貼り付けたようなその薄っぺらい笑顔をやめろ。
他人の顔色ばかり伺って自分の意思を表示しないのをやめろ。
他人の思う"鳳長太郎"を演じるのは、もうやめろ。

君は全部を知っていた。
いつも笑顔で接していたクラスメート達の事が本当は大嫌いだった事も、波風たてるのが嫌で人の言う事全てにYESで答えて本当の気持ちをおし殺していた事も。
嫌われたくなくて皆の理想の"鳳長太郎"を演じていた"俺"の事も、全部全部知っていた。

全部知っていて、それでも俺のそばにいてくれた。

俺よりも一回り小さな手をそっととる。小刻みに震えてる酷く冷たいその手を少しでも温めようと両手で包み込むが、あまり意味はないみたいだ。
ポロポロとこぼれていく涙はいくら拭っても意味がなくて、次々と雫がこぼれていく。

ふと、頬が濡れている事に気がついた。泣いていたのは俺もだった。
怖いのかな。悲しいのかな。寂しいのかな。
それとも全部か。

自分はここにいたんだと証明するように、1つまた1つと地面に雫がおちる。そして跡を残していく。

「ありがとうね」
「…礼、なんか…言うな…っ」
「ありがとう、若」
「…っ」
「…ありがとう」

ありがとう。"鳳長太郎"を殺してくれて。
ありがとう。俺のそばにいてくれて。
ありがとう。俺を見つけてくれて。

「……ごめんね」

背負いきれない程の重荷を背負わせてしまって。

薄汚れた黒い鉄の塊。ひんやりとして無機質なそれを、小さな二つの手に握らせる。
カタカタと震えながらも確かにそれを受け取ったその手をゆっくりと離し、俺は自分の首にさげていた銀のクロスをそっと彼の首にかけた。

きっと今この瞬間のために、俺は生き残ってきたんだ。
ふとそんな事を思った。
殺されるために生きてきたなんて可笑しな話だ。でも、それでも俺は今最高の幸福感にみちている。人生で最大の。

「…好きだよ」
「!」
「……どうしようもなくバカでマヌケな鳳長太郎……お前の事が…っ大好きだよ…っ」
「わ、かし…」

静かに涙を流しながらそう言う若の笑顔は酷く不恰好で、それでもやっぱり美しかった。

「俺も、若が大好きだよ!」

思わずどちらからともなく抱き締め合う。
ああ、いとおしくてたまらない。こんな感情は初めてだ。愛しくて、そして俺の全てを君にもらって欲しい。君だけに。
……だから。

銃を握る手をそっと持ち上げ俺の頭へ持っていくと、コツンと固いものがこめかみに当たる感じがした。


ああ、人生で一番苦しくて、人生で一番幸せな3日間だった。


重ねた唇にじんわりと広がる熱と涙の味。そして抱き締めた君の温かさを、俺は死んでも忘れないだろう。





残さず全部嘗めて頂戴

(俺が生きた証も)
(君だけに贈るこの愛も)
(全部)









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偽りだらけの自分を見抜き本当の自分を知ってくれた日吉。そんな日吉に殺される事を望むのは、いつかの偽者の自分を殺してくれたのが他ならぬ日吉だったからで、偽者の自分も本当の自分も全部全部日吉だけにもらってほしかった。
日吉はそんな長太郎の願いに気づいていて、それを叶えてやる事が自分ににしかできない、自分だからできる事なんだと涙を流しながらも最後の一人になる事を選ぶ。
うーん……
………表現力ってどこに落ちてるん???

2018.11.26

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