お題小説

□泣き方なんてとうに忘れたわ
1ページ/1ページ


「ひっ……た、助け…っがっ!」
「……」

薄暗い森の中、鮮血が宙を舞った。それが頬に落ちる感覚を感じ、木々の隙間から覗く暗い空を見上げる。
人を殺める事に何の気持ちも抱かなくなってから、こいつで何回目の殺人だっただろうか。
……大切なあの人を失ってから、死者を見るのは何人目だっただろうか。

しばらくぼうっと立ち尽くしていた少年、切原赤也は、血に濡れた脇差しをすでに事切れている男のユニフォームで拭い、鞘に戻した。それから辺りを見渡し地面に無造作に転がされたバックを見つけると、そこから食料と水、その他使えそうな物を探し出し、自分のバックへとしまいこんだ。

この作業をするのも何度目だったか、とうに忘れてしまった。

切原は自ら殺めた男に一瞥をくれると、静かにその場から立ち去った。




その夜、生活感の失われた廃墟で仮眠をとっていた切原は夢を見た。
真っ白な空間に、自分と、もう一人の誰かだけが存在していた。

誰だ、あの人は。
誰、誰、誰――――

目を凝らす。一歩踏み出した。その瞬間、辺りが一瞬暗転。そして光に照らされる相手の姿。

『……赤也』
「!!!」

"誰か"に名前を呼ばれた瞬間飛び起きた。
辺りにも聞こえているのではないかというくらいバクバクと高鳴る胸を手で押さえつける。辺りには静寂が広がっていた。
切原はふと我に返り、廃墟の窓から覗く月を見上げた。
ゆらりと怪しげな光を放つそれに被さるように頭の中に浮かぶ夢で見た顔。
悲痛そうで、苦しそうで、そして静かに涙を流していた。

―――ちょうど目を伏せた時だった。
廃墟の入り口がゆっくりと開き、一人の人物が入ってきた。
彼は攻撃する素振りは見せず数歩だけこちらに近づくと、ただ静かに切原を見つめた。
切原は目の前の人物から視線を外し再び月を見上げた。

「……俺に殺されにきたんスか、幸村部長」
「……赤也」

切原は苦笑を浮かべ、少年、幸村精市に言った。
幸村は静かに切原の名前を呼ぶだけだった。

「……柳先輩の、夢を見たっス」
「……そう。なんて言ってた?」
「………もう、やめろ…って」

夢の中で対面した人物――柳蓮二は、目線で、そう訴えかけていた気がした。
もうやめろ、と。もう終わりにしろ、と。
大切で大好きだった、かけがえのない人。……もう二度と、会うことは叶わないあの人。
あの人が死んでしまったあの時から、俺の中の何かは狂ってしまった。

あの人がいない世界なんていらなかった。意味がなかった。だからあの人を殺したあいつも、見殺しにしたこの島にいる連中も、元凶である政府も、そして―――あの人を救う事ができなかった俺自身も。もう全部壊すと決めた。
このプログラムで優勝して外に帰る。政府を根絶やしにして、それから俺もこの世を去って……そしてあの人の下へ。
………そう、考えていた。考えていたのに。

「………全部…消えちまったっスよ……っ」

ギュッと眉間を寄せる切原。そんな辛そうな切原を見て、思わず幸村は切原を抱きしめた。
一人で、こいつはこの短いようで遥か膨大な時間を、たった一人で過ごしてきたのか。
誰にも頼らず、ただ一人で苦しみを抱えたまま。

「…泣くな、赤也」
「…は、泣いてないっスよ」
「……泣くな」

ギュッ、と抱きしめる腕に力を込めた幸村の頬を、涙が伝った。





泣き方なんてとうに忘れたわ

(…泣いてるよ)
(……)
(お前は…心で、泣いてるんだ)
(……)



---------
全てをなんとなく察せてしまう幸村部長。流石神の子ですな。
赤也は、なんかこう……普段は強がっているが深層心理的には凄く弱い子なんじゃないかと。特にこういう場ならば余計にね。
しっかしまさかこんなに遅れるとは…!
更新の遅いサイトで申し訳無いです。

2013.11.13
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ