お題小説
□ケタケタケタ
1ページ/1ページ
1人で恐怖や孤独と戦うのには慣れていたはずだった。あの小さな、しかし1人で過ごすには少しばかり広い部屋で、俺はずっと独りでいたのだから。
それなのに今握りしめている2つの拳はカタカタと震えていて、己の恐怖心が溢れ出ている事を嫌でも自覚させられる。
…自分はこんなにも弱かったんだと、思い知らされる。
半分崩れかかった廃屋の天井からは夕日で赤く染まった空が覗いていて、時折吹き込む風が肌を撫でては髪を揺らしていく。
誰かが戦っているのだろう、時折遠くから聞こえてくる爆音や発砲音に体をビクつかせては歯を食いしばった。
プログラムはさっき始まったばかりだ。それなのに、もう殺し合いが始まっているというのか。
まさか、と思い浮かぶのは自分と同じ学校の親しい彼らの顔。
無事でいるだろうか。誰かに襲われてはいないだろうか。
……誰かを襲っては、いないだろうか。
「…っ、駄目だ…!」
一瞬でも彼らを疑った自分に激しい嫌悪感を覚えた。
今まで共に戦ってきた彼らを信じなくては。
……でももし、ノっていないのが自分だけだったら?
「駄目だ!…駄目だ駄目だやめろ…!」
一度浮かび上がった疑念は消えては浮かび消えては浮かびを繰り返した。
心が、精神が、引き裂かれる。
「……っ」
途端に込み上げる吐き気。
口に溢れてきたモノをその場に吐き出した。
たくさんの感情が頭の中でごった返している。
「ゲホッゲホッ……ハァッ…ハッ……くっ」
なんで。
せっかく生きて、あの場所に戻ったのに。
どうしてまた?また、死と隣り合わせの場所にいる。
「死にたくない…」
死にたくない。
この場の誰もが思っているだろう気持ちを言葉に出す。
生きたい。生きて帰りたい。また、あの場所に戻りたい。
カタッ。
背後から聞こえた物音。うっすらと開いた扉から誰かがこちらを覗いた。
途端に跳ね上がった心臓が鼓動を大きく早くしていく。
扉はゆっくりと開き始め、木材でできた古いドアの軋む音が恐怖心を更に煽った。
「……ヒッ」
小さく漏れた悲鳴。
咄嗟に自らに支給された武器である剃刀(かみそり)を手に取った。
やがて外から覗いていた人影は廃屋の中に足を踏み入れた。天井から射し込む明かりがその人物を照らし、今まで見えなかったその顔が鮮明に浮き上がる。
「フゥ……やっと知人と会えた。息災で何よりだ、精市」
「や、なぎ」
おかしいくらいに怯える俺に声をかけたのは、今まで共に戦い競い合ってきた親友である柳蓮二だった。
柳はいつもと同じ冷静な面持ちで佇んでいた。そして今し方通った扉をゆっくりと閉めると、未だに震える俺の前に立ち止まりしゃがみ込んで視線を合わせた。
「精市、大丈夫か」
「あ、ああ…大丈夫だよ柳」
「…無理をするな」
「…うん………うん」
なぜだろう。先程まであんなにも震えていた体はピタリと止まり、心の中が温かいもので満たされた気がした。
手からコロンと落ちる剃刀。それと同時に流れ出す涙。双眸が捉える景色はグニャリと歪み今にも跡形もなく崩壊しそうだ。
それでも俺の両頬を押さえる手は歪みなく確かにそこにあって、冷えた俺の顔にその温かさをじんわりと伝わせた。
「うん……ありがとう、柳」
ポロポロと流れる涙は地面に模様を刻み、なんだか俺子供みたいだなと小さく笑みがこぼれた。
しばらくし落ち着きを取り戻した俺は柳と共に森の中を歩いていた。
太陽はすっかり沈み辺りは暗闇に包まれている。
湿度の高い空気はじっとりと身体にまとわりつき、体を動かす邪魔をする。
「精市、大丈夫か?」
「あ、あぁ」
いや、あまり大丈夫ではない。
体力的な部分ではなく精神的な部分が、だ。
正直言って柳がここにいてくれるから、こうして話かけてくれているから正気を保てている。
今1人になれば、きっともう自分ではいられない。
ふぅ…と大きく息を吐き気持ちを落ち着けようとした。その瞬間だった。
パンッ!
発砲音、それもかなり近い所からだ。
ハッと視線を合わせた俺達は姿勢を低くし近くの木の影に入った。
「…かなり近いな」
「ああ…どうする?」
「無闇に動くのも危険だ…が、かと言ってずっとここに居るのも同じ。少し様子を見て、安全そうならばここから移動しよう」
「分かった」
草むらの影にしゃがみながら辺りを警戒する俺達。
ただでさえ薄暗かった辺りがさらに暗くなったような気がした。
隣で黙る柳の顔を盗み見ればいつもの無表情とはまるで反対で、彼の心情が伺える。
焦り、戸惑い、恐怖。
誰もが抱くものだ。そしてそれに押し潰された者から順に、消えていく。
そうしてどのくらいしゃがみ込んでいただろうか。
唐突に、その時はやってきた。
パンッ!パンッ!
背後から発砲音。2度だ。
音はかなり近く、まるで俺達に向けて撃ってきたかのようだった。
とっさに抱えた頭から手をおろし柳の方へ視線を向ける。
「ビックリ、した……柳、大丈、…!」
視界に柳を捉えた時には既に遅かった。
グラリと傾く体。柳の体はそのままドサッと地面に倒れ込んだ。
「…柳?……柳!」
弾丸は確かに俺達に向けて放たれたのだ。
胸部、そして首元から血を流した柳は仰向けに倒れて呻いていた。
「しっかり…しっかりしろ柳!」
黄色いジャージに侵食していく赤はどんどん広がっていった。
とっさに胸の傷を押さえると、ヌルリとした暖かい感触が掌いっぱいに広がった。
柳は苦し気に眉を寄せながらも、何かを言いたそうに口を動かしている。
い…け…?
「行け…って、そんな事…っ!」
「に、げ…せ、いち…俺は…おま…を、助け、ため…に…き、た」
「…柳、」
生きろ。
そう最後に言い残し、柳は目を閉じ動かなくなった。
「…う、そだ……嘘だ嘘だ嘘だ…っ!」
走った。
無我夢中だった。
とにかくあの現実から逃げたくて、あの光景を目にうつしたくなくて、がむしゃらに走った。
生い茂る木々が顔や体をかすり、傷を作っていく。しかしそんな事は気にしていられない。
溢れる涙で視界が歪む。周りが見えない。
それでも、逃げなくちゃ。早く、速く。
柳は俺を助けるために来た?俺を生かすために?
そして、柳は死んだのか。
頭の中の混乱はさらに酷くなっていった。…しかし同時に、妙に冷えきった絶望感が思考の隅まで広がっていくのを感じていた。
違う。こんなのは俺の望んだ世界じゃない。俺の夢見た未来なんかじゃない…!
こんな、血と絶望に満ちた"生"なんて望んじゃいなかった。
「嫌だ……嫌だよ……!」
フラッシュバックする柳の死に様。
手に付着した柳の血の温かさと鉄臭さが、"死"はすぐそこにあるんだという事実を俺に突き付けた。
「死にたくない……死にたくない……死にたく、ない」
近くから足音が聞こえた。追ってが迫っているのだろう。
木陰に入り足を止め右手をジャージのポケットに差し込むと、そこでは武器として支給された剃刀が異様な存在感を放っていた。
それを取りだし折り畳まれた刃を開くと、その小さな銀色に酷く暗い歪んだ自分の顔がうつった。
プツリ、と頭の中で何かが切れる感覚を感じた。
そうだ、何が怖い?
己の弱さとも命とも、死とも向き合ってきた。
そんな俺に今さら、何を怖がるものがある?
「はぁっ…見つけたぜ…!」
追っては既に背後に迫っていた。
死ね!と叫びながら銃を向けてくる追って。
その動きが、スローモーションで見えた気がした。体は無意識に動き始める。
パンッ!と放たれた一発目の弾丸は走り出した俺から完全にそれ、暗闇の中に消えていった。
パンッ!…2発目。同じくそれる弾丸。追ってまでもうすぐだ。
パンッ!…3発目。弾丸は俺の肩付近を掠めていった。それでも走り続けた俺は、追っての目の前まで来ていた。今だ。
ダンッ!と踏み込んだ体は追っての懐に入り込み、斜め下から振り上げた剃刀がプツッと皮膚に突き刺さる感覚を感じ、そのままの勢いで喉元をえぐった。
剃刀は見事に首の動脈を切り裂き、吹き出した血は俺の体のそこかしこに降り注いだ。
鼻腔が鉄の臭いに満たされるのを感じる。
……すぐ側にある、"死"の匂いを感じる。
「あ…っ…がぁ…!」
首元から血を吹き出しながら倒れた追ってはヒクヒクと体を痙攣させ、やがて目を開いたまま動かなくなった。
死んだ、のか。
………俺が殺した。
もう戻れない。いや、戻らない。
あの怯えるだけの時間には。
あの苦しむだけの日々には。
あの、"死"に恐怖するだけの自分には。
「……俺は、神の子」
…生きて、みせるよ。
ケタケタケタ
(狂気に笑う)
(声が聞こえる)
--------
随分久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません!
ホントはもっと濃く書いていきたい気もしたんですが、あんまりくどくなってもなぁ……とここらでまとめてしまいました。
余談ですが幸村は人一倍生に執着心がある、という設定が大好きです。
2015.8.21